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和歌浦~雑賀沖を歩く [和歌山]

私は平成17年5月に初めて和歌山市に来た。これは公用で、他に誰も行くヤツがいなかったので自ら手を挙げたのが発端。
それ以来数年間、公用にかこつけて和歌山市の「千里十里」や神戸他、地方都市の居酒屋を漫遊しまくったのだが、和歌山市は特に回数が多かった。1泊2日が主だけど、2泊3日や3泊4日もあった。最長で13泊14日居続けたことがある。
カウントしてみたら公用で80泊、私旅行で4回行ってるから90泊は超えていた。
和歌山市は私にとって和歌山第4の故郷だった。ただし、それは市内に限定されます。あの居酒屋、「千里十里」の存在が大きいのだが、夜は「千里十里」としても、和歌山市内でそんなに見てない場所がある。
和歌山の海です。
目指す岬.jpgこの日の朝のこと。ジャン妻に「ホテルで休んでていいぞ。俺は散策に出かける」って言ったんだけど。
「アタシも行く。変な場所に行かないよね。山を登ったりしないよね」
ここでダイワロイネットホテルの窓を開けて、和歌山城からもっと先の海方向を指差す。
「海を歩いて岬のある辺りまで行くんだけど。公園みたいなところだと思う」
後で思えばこれが大きな間違いだったのだが。。。

ではそこに何があるのか。普通の観光客なら絶対に行かないものがあるのです。
「海を見るの?。アタシも海が見たい・・・」
同行することになった。
ここで前の記事、雑賀城の妙見山に登って、若干「山じゃないの」ってブゥ垂れられて、妙見山を降りて雑賀川(和歌川)沿いに湾へ歩きます。幸い、天気晴朗です。
この辺りから和歌浦が始まる。
湾に観海閣。初代紀州藩主、頼宣が1652年に建てた水上楼閣。
観海閣1.jpg三段橋.jpg観海閣2.jpg
観海閣3.jpg和歌浦1.jpg和歌浦2.jpg
散策地図2.jpg
片男波1.jpg片男波2(遊歩道).jpg
片男波3.jpg片男波4.jpg
片男波5.jpgここからが片男波。
片男波とは日本相撲協会の親方株、年寄株だが、この地は奈良平安時代から歌人に愛された景勝地。
万葉集で山部赤人の詠んだ「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」の“潟を無み”からきている。
干潮時には干潟になる。





片男波海水浴場
これは1200mの人工砂浜。
平成18年5月に、環境省選定、「快水浴場百選」の海の部特選で、更に全国の海水浴場から10か所を選定されたうちの一つ。南国をイメージしたいのか、ビーチ内に椰子の木が植えられてる。
(和歌山の夏って暑いですよ。ジリジリ焼け付くようです。市内で信号待ちしてても焼けるからね。)
片男波海水浴場1.jpg片男波海水浴場2.jpg
水平線に沖に貨物船かタンカーが見える。
片男波海水浴場3.jpg沖を通る貨物船眺め.jpg
風はやや冷たいが陽射しが暑い。猫が日向ぼっこしてた。
海水浴場の猫1.jpg海水浴場の猫2.jpg
和歌浦港。
何だか怪しげな中華料理屋があった。これはスナックや、シラスの土産物屋と棟続きになっている。
ここから先は道もあるけれど、砂浜を歩いたりもする。通しで、3名の婆さんと、旅館の人と、港町で数人と出逢ったが、まさか俺らが横浜くんだりから来てるとは思わないだろう。
もっともこの日は12月末でもう冬。夏場は人がいる筈である。
和歌浦港.jpg和歌浦港の中華料理屋.jpg
和歌浦の海1.jpg和歌浦の海2.jpg
名も無き浜.jpg朽ちた灯台.jpg
誰もいない和歌浦の浜を歩く。
朽ちた灯台(跡)や、突然、デカい廃墟が現れる。もとはホテルか旅館か、マンションだったのだろうか。
浜辺にジャン妻歩く.jpg浜辺にジャン妻佇む.jpg
廃墟の旅館?.jpgふり返る1.jpg
岩場1.jpg岩場2.jpg
この岩礁は中に穴が開いている。何か名前がありそうだがわからない。
岩礁1.jpg岩礁2.jpg
和歌の浦温泉ホテル「萬波」
このホテルは現在も稼動しています。
http://www.manpa.co.jp/
和歌の浦温泉萬波.jpgふり返る2.jpg
先へ行くカーブ.jpgその先には.jpg
誰もいない浜辺.jpg廃墟の食堂?.jpg
ここから先が新和歌浦。
新和歌浦観光ホテルはちょっとくたびれた感じ。
http://www.ryokan.or.jp/waka/wakayamasi/sinwaka/homu.htm
新和歌浦観光ホテル?.jpg稼動しているのだろうか?.jpg
海は続く.jpgふり返る3.jpg
浜を歩くのはこの辺りまで。新道の先に波早崎トンネルが見える。このトンネル手前にこれまた怪しげな料理屋があった。客は誰もいない。ラジオの音だけデカい。
さらにその先へ.jpg漁師の浜.jpgトンネル.jpg
1軒の異色な料理屋.jpg波早崎トンネル.jpg波早崎1.jpg
近代的なこのトンネルが風強く寒く、ここを抜けてこれまた近代的な雑賀崎大橋を渡ると雑賀崎港。この湾の端に灯台のある小高い丘があってこれが雑賀崎城
「まさか登らないよね」
「何もないから登らないよ」
雑賀崎城の丘.jpg雑賀崎城UP.jpg
雑賀崎大橋.jpg雑賀崎港1.jpg
雑賀崎港2.jpg雑賀港の猫1.jpg
雑賀港の猫2.jpg「アンタ、私が来なかったらホントに1人で来たの?」
「ウン」
「ホント、アンタって目的があると・・・」
「ちったぁ見直したろ」
「見直したというより・・・」
よくやるよと言いたいみたいだ。ここまで歩いた距離は3.5~4kmくらいだろうか。だが俺が目指すものはこの先、この灯台の裏、向こう側にあるのです。
だがここで道に迷った。。。[たらーっ(汗)]


和歌浦散策地図.jpg
コメント(6) 

コメント 6

ナワ~ルド@峠おやじ

片男波部屋は愛知県出身、悲運の横綱・玉の海(玉乃嶋)を輩出した部屋なので親近感があります。そして不知火型の横綱短命説の証拠に上げられる代表力士ですよね。

その片男波のもとが景勝地。万葉集で山部赤人の詠んだ
「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」
の“潟を無み”からきている。

とは全く知りませんでした。ほんと勉強になります。そして日本の地名はもともとは音声から来ていて、当て字や掛け言葉、洒落などから現在の漢字に至っているわけですから、漢字の意味を探るだけでは片手落ちなんですよね。

「授業」なんかで出てくる武田鉄也の漢字の成り立ちを聞くと、あまりのデフォルメぶりに眉唾を付けたりしますもの。


by ナワ~ルド@峠おやじ (2012-01-13 09:50) 

sayurin

それにしてもよく歩かれましたね~
こんな廃墟があるんですね??

和歌の浦には何ちゃら大臣だった方の別荘だった邸宅がカフェになっています。
モーニングもあるので(私は未経験)次回の和歌山訪問時にはカフェ体験してみてくださいね^^

トンネルの手前にある漁港?市場?にあるお店(中華屋さんのところかな?)は、夜は車が止めれない程の繁盛具合でした。
2回ほど魚の美味しい居酒屋さんに運良く行けましたけど、
なっかなか入れないようですよ~

という私は、和歌山とは何の関係もございません^^
信州同様に好きなだけ^^美味しい物のためなら~
by sayurin (2012-01-14 14:48) 

船山史家

ナワさんどーもこんばんは。
私もこの地を歩いて「片男波?部屋か?」って思い出したんですが、帰ってからウチの自室にある「土俵の修羅」という文庫本をめくってみたら、玉の海(玉乃島)は、二所ノ関部屋から片男波部屋に部屋同士のスッタモンダの末に移籍されたんですね。
二所の親方は手放したくなかったでしょうね。

万葉集の詩もこの地で初めて読みかじった次第。ナワさんほどの博学の方に「ほんと勉強になります」とまで言われてこちらは汗顔の到りでございます。私はこの海岸線をほっつき歩いて、最終目的の砲台跡を見に行きたかっただけなんですが。
キレイな海でした。シーズンオフで人は皆無だったのもありますが、私の地元、湘南の海とは格段の違い、キレイさでした。
by 船山史家 (2012-01-14 22:06) 

船山史家

sayurinさんお出でなさいませ。
この日は歩きました。ジャン妻も最後の砲台跡までよく俺に付いて来ました。
黒系のダークスーツに革靴でハイキングしたんです。歩き通してそのまんまの恰好でぶらくり丁でヒロ氏と再会した次第。

あの廃墟はジャン妻がいなくて俺だけだったら中に踏み込んでみたかったです。俗に言う”廃墟”という世界がありますね。病院跡、マンション跡、遊園地跡、旅館跡、これらの世界は独特ですが危険も伴うのでそこまでの探究心はないのですが、ソソルものはありましたね。

和歌浦の大臣のカフェ?
はて。何だろ。和歌山って何となく地元の史跡アピールが薄いような。もっと広報すればいいのにと思う時が多々ありますが。

漁港脇の店は夜はそんなに盛況なんですか。
あのディープっぽい店に行かれましたか。誰か地元の紹介でもないと私は行けないなぁ。度胸ありますねsayurinさん。さすが私の中の謎の女性。謎は謎のままで。。。(^^v
by 船山史家 (2012-01-14 22:16) 

モノノフ

あぁこれってあの和歌浦を登り降りしてさ迷われた時の記事の最初のですね、和歌浦港の中華料理店は近くに有った焼肉屋さんと共に移転しました、海鮮料理屋はその頃はもう移転してましたね。
遊歩道の最初の浜辺は網代(あじろ)浜と申します、建物の基礎部分に夏の間の夜だけやってるバーが有ったでしょ。
穴の開いた面白い形の岩は蓬来岩ですね、赤レンガの貼った建物は元の県立水族館です。
しかしまぁこのあ後まさか工業団地まで足を伸ばして、まさかカゴバ台からトンガの鼻に向かうとはねぇ...そりゃ奥さん泣くわ。
どうせなら離婚覚悟で和歌浦最高峰の高津子山まで登ったら、素晴らしい景色だったのに...あははは、無理か(^_^;)
七洋苑も太公望も既に廃業しました。
by モノノフ (2018-02-21 17:43) 

船山史家

モノノフさんおはようございます。
雑賀城から和歌浦の海岸線を彷徨った記事にコメントありがとうございます。懐かしく思います。
砂浜(網代浜、伊豆にも網代があります)から岩場の遊歩道を延々歩いて雑賀崎港で道に迷い、ジャン妻の「どこまで歩かせるのよ」の避難の視線を浴びながら、カゴバ台、トンガの鼻に向かったのです。莫大な距離でした。
BARっぽいのもあった気がします。
絶対に名前がついていると確信した岩は蓬来岩というのですね。
赤レンガは元の県立水族館というと今は廃墟ですか?今はどうなっているかわかりませんが、いっとき私の記事(群馬の火薬製造所跡)もリンクされていた「廃墟検索地図」というサイトを見ると、この辺り一帯は廃墟の宝庫のようですね。廃旅館、隧道、廃燈台、寿司由楼、プレハブ、和歌浦観光ホテル、ロープウェイ、鷹ノ巣遊園、北村荘。。。
和歌浦最高峰の高津子山は検索外でした。
タクシー呼んでくれた太公望も廃業ですか。形あるものを永劫存続させるのって難しいですね。私がただ一度だけグリーンに出た群馬のゴルフ場も閉鎖になってしまったし。(プレイしたわけではありませんが。)
懐かしいです。
by 船山史家 (2018-02-23 06:21) 

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