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和歌山港サンセット [和歌山]

和歌山港から見た海の光景です。
ここは南海和歌山線の終点、和歌山港駅からちょっと歩いた埠頭で、船は徳島港へ向かう南海フェリー。
和歌山港駅は南海電鉄の終着駅でフェリーへの連絡駅です。現在は南海本線から一部の特急サザンが直通連絡していて普通列車はありません。朝夕と夏場の花火大会には増発されまが。
直通する特急サザンもあくまで一部のみ。あくまでフェリーに接続してダイヤが組まれているので、日中は和歌山市駅止まりで、この和歌山港駅へのダイヤは2時間以上も空く時間帯がある。
私もうっかりここまで来て降りちゃったのだが、帰りの電車がなくて困った。
停泊中のフェリー.jpg出航前.jpg
和歌山港.jpg出航の汽笛が鳴る.jpg
何処へ.jpg船は出て行く.jpg
美しい光景でした。眩しいくらい。
和歌山港サンセット2.jpg和歌山港サンセット3.jpg
和歌山港サンセット4.jpg和歌山港サンセット5.jpg
船は出て行く。埠頭に私独り。。。
このサンセットをもって今回の和歌山シリーズは一旦お開きとさせてイタダキマス。
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エモン [和歌山]

南海和歌山市駅前にある喫茶店です。
閑散として寂しい和歌山市駅前で唯一?人の出入りが多い店です。
地下にある店なんですが、見渡すとかなり広い店で、お客さん収容数が多い店です。
エモン1.jpgエモン3.jpg
マスターは無愛想。
シャツにクロい蝶ネクタイ。一昔前のカッコしてる。
奥でママが調理しているみたい。一度もお顔を拝んだことがありません。
フロアの女性は基本2人で顔ぶれがちょいちょい変わるが、どの女性も水商売っぽいというか化粧が強い感じ。これまた一昔前の客商売ですな。懐かしい香がする。
店内のBGMがひと時代前のAORなんですな。Adult-Oriented-Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック)、耳に優しい音楽ジャンル。

私はこの店を和歌山を去る朝は必ず利用するし、平日の朝にも利用したがいっつも繁盛してます。外を出ると人がいないのにこの店には集まってる。
店内の客は80%が爺さん婆さんばかり。グダグダ話してますね。1人でムスーっとコーヒー飲んでる中年女性もいたりする。
学生客や若い男女の客は見たことないです。
モーニングかサンドイッチしか喰ったことない。モーニングは朝だけでなく昼もOK。
このバターベットリのトースト。
ソーセージとハムエッグ。
生野菜と果物。それだけなんですが懐かしくも美味しいのだ。
モーニング1.jpgモーニング2.jpg
和歌山滞在時は夜は必ず「千里十里」に行くが魚中心で野菜が少ない。野菜は野菜てんぷら、ツナサラダ、刺身やフライのつけあわせ程度。
和歌山滞在中の野菜摂取は、この店「エモン」のモーニングのつけあわせ野菜や、千里十里の刺身のつけあわせ野菜だけの時がしょっちゅうあった。
(余談ですが、宿泊基地だったダイワロイネットのモーニニングバイキングはイマイチだったの。)
処理済~店内はいつも混んでる.jpg処理済~爺さん婆さんの集会所?.jpgオレンジジュース.jpg
この「エモン」で、書ける範囲で苦い経験を一つ。
一番奥のボックス席で、和歌山に転居して引退しかけた若手女性社員を「田舎に引っ込むな。東京に来い」って説得したの。
「ウチみたいなモンにそこまで期待してくれはって嬉しく思います。ちょっと考えさせて下さい」ってその場では返事保留になった。
だが。。。
結論を出すべき席が何故か「千里十里」だったんだけど、この時、俺が説得したその子は、前菜~造り~焼き物~天ぷら~土瓶蒸し~と健啖ぶりを発揮し、締めは俺すらも喰ったことのない「カツオ茶漬け」をペロッと。デザートまで平らげたあげく、
「すみませんがお断りさせてください」
って来たモンだよ。全部平らげてから最後に返事しましたからね。しっかりしてやがった。
エモンの謎1.jpgエモンの謎2.jpg
和歌山市駅の改札右のバルコニーから見たら、どうもこの建物、かつてはデカく「エモン」って店の表示があったみたいですね。跡が見える。
マックの表示跡も薄く見える。
マックと併用テナントだったのだろうか。今は、2階3階とも長年空きテナントです。マックが撤退したってこたぁ如何に客が減ったかという証ではないか。「エモン」はそこの地下だけ賑わってる不思議な店なんです。
マカロニ1.jpgマカロニ2.jpg
これは余談。和歌山市駅改札左にある「マカロニ」という店。
ここは「エモン」が定休日の時に利用した。この店は特に特筆することはないけれど、「ああ、営ってる」っていつも安堵するだけの店なのです。
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華都飯店(ダイワロイネットホテル3階) [和歌山]

和歌山市の中心部には中華料理屋が少ない。
和歌山ラーメンは中華というカテゴリに入らない。専門店だし。だから中華料理屋が少ないのではないか。(市内でもくるまでちょっと走った郊外にはあります)

この店は和歌山城前のダイワロイネットホテルの3階にある店。3回か4回利用した。
会員でもあり、お世話になってるロイネットには悪いけど、私はダイワロイネットホテル和歌山のレストランってあまりおススメしません。私の社内であるヤツが和歌山に出張した際、夜の早い時間に「千里十里」に行ったら珍しく満席で、仕方なくホテルの某店に行ったら最悪だったらしく、「やっぱ千里十里で待ってればよかった~」って嘆いていたことがある。
あっ、それはこの店じゃないですよ。この華都飯店(シャトーハンテン)は。。。まぁ。。。結論から言うと、マズくはないし、美味しいのもあるんだけど、何か中途半端な店でね。それでいてホテル料金だから安くはないし。
過去の利用も今回もランチです。
「ご予約のお客様でしょうか」
「いや、宿泊客」
指を上に指したの。上に泊まってるっていう意味。こうすると粗略にはしないんですよこの店。
後で判ったんだけど、ご予約のお客様は個室で何処かの敬老会みたいだった。婆さんばっかりでやんの。ご予約のお客様?ってマニュアル通に言ったのかも知れないが、俺らはジャン妻と2人ですよ。
それでも宿泊客で関西ナマリがないからか、デカい窓際で和歌山城が目の前に見える席に通してくれた。こちとらもう見慣れた見飽きた城なんだけど、まぁこの席なら優雅かな。
華都飯店.jpg和歌山城が見えます.jpg
味付けは濃いです。
このバンバンジーサラダなんか、サラダなのにビールのアテに合う。
スープもまぁまぁ。
バンバンジーサラダ.jpgフカヒレスープ?.jpg
美味しいプレートもある。
塩炒め、春巻き、美味しかったですよ。チーズがトロ~リ。
チンジャオロースも熱々。
肉団子は。。。イマイチだな。団子ん中に温度差がある。こりゃぁ温めただけじゃねぇか。
4種揃ったとこ.jpgジャカジャカジャカジャーン.jpg
塩炒め.jpgチンジャオロースゥ.jpg
肉団子.jpgチーズ春巻.jpg
そしてこの竹に入った炒飯。
何か意味あんのかこれ。あらかじめ炒めておいたのを温めて竹に突っ込んだだけではないかこれ。悪いけど都会の油っこい炒飯に慣れ親しんだ俺は美味くも何ともなかった。
竹筒入り炒飯.jpgあっという間に平らげた俺.jpg
デザートは普通。ジャスミン茶を見た時、何処の枯れた球根をムシってきたのかと思ったがこれは香ばしかった。でも二杯も三杯もガブ飲みするもんじゃないからね。
ジャスミンティー.jpgデザートと紅茶.jpg
私はこの店を和歌山連泊時の休日に3~4回利用したが、行くといつも必ず見習い従業員がいるんだな。
学生アルバトみたいなの。慣れてない感じ丸出しで要領を得んのよ。
俺らの席の傍らにじーっと突っ立ってるんです。落ち着きゃしねぇ。笑顔もなくむっつりして立ってねぇで周囲を見回すなり気を配るなりすりゃぁいいのに、コイツ従業員のクセに和歌山城の風景を眺めてどうすんだって。ボーッと突っ立ちやがってからに。
チーフリーダークラスはいいんですけどね。ホテルのレストランだからって期待しないこと。でもまた利用するでしょうね。
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太田城と太田左近 [和歌山]

そろそろ和歌山シリーズを終えて会津モードに切り替えようと思ってます。今日か明日で一気に残りの和歌山ネタをUpしますが、今朝の未明、私の夢枕にどうも誰かが立ったらしく、目覚めたら「和歌山のあのネタをUpしてなかったな」と思い立って急遽、書き下ろした記事がこれです。

和歌山は他国のように突出した武家勢力が出なかった地域だが、高野山、根来寺の寺社勢力と、太田衆や雑賀衆といった“惣国”(平時は耕地や漁猟に従事して合戦がある度に団結する集団。誰かに支配されず自分らで土地を護り外敵には立ち向かう)が、連合したり内ゲバで揉めたり、牽制し合いながら共存してきた。
信長や秀吉から見たら中央集権思想に真っ向から対立する勢力の蕃居する地で治外法権に見え危険でしょうがない。上方から征伐軍が差し向けられるのだが、和歌山市の北、紀ノ川(平井)と、和歌浦口の雑賀党や4人の雑賀孫一に次いで、今回は和歌山駅東口にあった太田党について。
太田城の辺り.jpg
和歌山駅東口に、太田衆の党首、太田左近宗正という人の像と、小山塚というのがある。関空バスの発着口の側です。
更にここから徒歩7分くらいのところの地名を太田といって、来迎寺という寺があって境内にも小山塚がある。現在この辺りは宅地だが、和歌山駅を含めたここ一帯に、太田城という平城、環濠集落があった。
秀吉の三大水攻めといって、備中高松城、“のぼうの城”で有名な武蔵忍城、そしてここ紀伊太田城
太田佐近の像と小山塚.jpg来迎寺.jpg
太田城説明版.jpg太田城跡碑.jpg
太田城毘沙門天1.jpg太田城毘沙門天2.jpg太田城毘沙門天説明版.jpg
太田左近を党首とする宮郷衆、太田衆は、信長の初回雑賀攻めの際は信長に合力したらしく、信長軍が撤退したら雑賀衆の報復戦を受けている。
さして広くもない和歌山市内で地元同士でよくやるよと思う。だが信長の後、秀吉が攻め寄せて来た時は、太田、雑賀、根来は連合軍を組んで抵抗する。
中央集権で一括支配したい秀吉は、前述の“紀州惣国”の思想が目障り。完全根絶やしにする狙いがあって大軍を差し向けた。弟秀長、甥の秀次を連れて自ら乗り込む。天正13年(1585年)3月のこと。大阪から南下する過程で幾つもの戦闘があって、23日には根来寺が焼かれている。
秀吉軍が太田城に攻城した兵力は6万だか10万だか。それに対して太田衆と根来衆の残存兵力は3千か5千程度。既に一部の雑賀衆は秀吉軍に寝返り、総本山であった根来寺も焼かれて孤立無援。。。

だが太田城は単なる軍事拠点ではなく、町の周囲に水路を巡らした環濠集落だった。党首太田左近は、平城ではあるが掘深く、水のやたら多いこの地で徹底抗戦の構え。
上方軍の先鋒隊が紀ノ川を渡河した際、待ち伏せされて53名の戦死者が出ている。
この53という数が後でまた出てくる。

紀ノ川を渡河して包囲した秀吉軍は、3月25日か28日、鉄砲や大筒の射程距離300m離れた周囲に、3mから5m、幅30mの堤防を6km築いた。
工事に要した人数が・・・ホントかなこの数字?46万人だって。延べ人数でもそんなに和歌山に人口がいたとは思えない。桁数間違ってないか?
しかも昼夜突貫工事で6日間で仕上げたというからオロドキ。
では何故、ここ太田城で秀吉のお家芸の一つ、水攻めが出てくるのか。
城そのものが水に囲まれていたか、紀ノ川の支流、大門川に洗われた城だったのと、紀ノ川の氾濫で堤防がもともとあって、それを利用したという説がある。土木工事重機もなかった時代、6日間と46万人という数字は誇張ではないか。

4月1日から水を入れ、3日から数日間大雨が降り続け水量が増した。太田城は浮城になった。
秀吉軍は水に13隻の安宅船で攻めさせたが、太田城の城兵の中で水泳の名手がいて、船底に次々と穴をあけ沈没させたというから痛快である。
4月9日には堤防が一部決壊し、宇喜田秀家の陣営で多くの溺死者が出た。
秀吉軍は60万個の土俵を使って数日に堤防を修復し、船と鉄砲で寄せたが城側も抵抗する。この土嚢の数もどうなんだろう。ホントかな。
だが籠城1ヶ月、太田城では物心で衰えが見え始める。
境内の小山塚.jpg同年4月24日、蜂須賀正勝、前野長康の説得に応じて、党首の太田左近以下、主だった者ども53名が自刃した。
53名という数字は、紀ノ川前哨戦での死者数に合わせて要求したのだろうか。小山塚はこの自刃者の塚。

太田左近以下、首謀者は53という数合わせで処刑されたがそれ以外の農兵とその妻子の命は助命された。
助命には条件が付いた。農兵は武器を所持せず、農具を持って耕作に専念せよと義務付け、刀を取り上げて兵糧、鋤、鍬、鍋、鎌、家財道具、馬牛等が返還された。武装解除だが、全国で実践される“刀狩”、兵農分離の最初がここなのです。

太田城そのものは和歌山駅から徒歩7分という位置で宅地になっている。来迎寺にあった説明版に、北東700mには水攻めの堤防が残っていると書いてある。
700mなら距離的に何てこたぁないので大雨の中、大門川の支流に沿って探しに行ったのだがなかなか見つからない。大門川にぶつかったところに歓喜寺という何だか楽しそうな名前の寺があって、その辺りを“出水”という如何にもそれらしい地名なのだが、舗装されてるのに水捌けが悪く、そこらじゅう水溜りだらけで靴ん中まで水浸しになった。私は例によってダークスーツに革靴ですから。歩いていてグチャグチャして気持ちが悪い。
如何にも今朝未明、俺の夢枕に立った(と思われる)太田左近氏が俺のBlog魂を試してるかのようだった。「足が濡れたくらいでなんだ。水で攻められるのってキツいんだぞ」と言わんばかりに。
秀吉が“血を見るのが嫌いだから水攻め”なんていうのは真っ赤な虚構だと思いますよ。人為的に水を操って敵方を苦しめ水攻めって何だか陰湿だと思うのは私だけだろうか。
その水捌け悪い“出水”からちょっと戻って、某金融機関の出先の側、TUTAYAの前にそこだけ異様な盛り土があった。
堤防か?-1.jpg堤防か?-2.jpg
堤防か?-3.jpg堤防か?-4.jpg
これではないか。堤防の一部。
そこだけ取り残されたような盛り土は草ボウボウ。説明版がないのであくまで推測ですが。
堤防か?-5.jpg堤防か?-6.jpg
近所の家からご婦人が外に出て来たので「これって水攻めの跡?」聞いてみようと足を向けたら、何とそのご婦人は俺を見てくるっと踵を返し逆方向に歩いてってしまったのだ。
なので裏付ける証言はないが、この盛り土を攻城軍の堤防跡の名残と決めてしまいましょう。太田城攻防戦は太田城そのものも含めて見るべきものはそうないのです。三大水攻めたって攻められた地域なのであまり声高にアピールしたくないのではないかと思う。
水攻め堤防跡地.jpg
それにしても何で俺を見て反対側に迂回しやがったんだご婦人は。。。

太田党慰霊祭というのがあって、http://saikashuu.fc2web.com/r/ootajyou/index.htmlを見たら間違いなくこの土盛りは堤防跡のようです。
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和歌山のBAR [和歌山]

BAR風.jpg私は「千里十里」の若旦那と他の店で飲んだことが1回だけある。
本町通り、市内に淀む市堀川に面していて、京橋という橋の袂にある
BAR“風”という店。
BAR風は地下にある.jpg

オーナーが若旦那の知り合いか、友人だったかと思う。板場を大旦那に任せて「ちょっと、外のいい店へ行きませんか」って誘われたの。
こちとら酔っ払って殆ど覚えてないのだが、若旦那は熱い口調で和歌山市の繁栄や、店の今後とかを語ってたような。
地下にあるのでちょっと入りにくい雰囲気でもあるけど、そんな格式張った店でもないので気軽に入れましたね。むしろ1人で入った時なんか、私の風貌を見て警戒されたような。
でも今は当時とオーナーが代わってるかもしれない。私はこの店に3回入ったが、前は23時までだったのが今は2時までになってるから。
何を飲んだかちょっと記憶にないんだけど、普通のカクテルと、チーズか何かを摘んだ。
http://kaze.ikora.tv/
BAR風の位置.jpg
処理済~ライブハウス.jpgもう一つ。
これはBAR“風”の近く、通り一つ隔てたトコにあるRAGTIMEというLIVE-BAR。
http://www.ragtime-honmachi.jp/
地元のアマチュアかセミプロかのLIVEが開催されるBARでCOD(キャッシュオンデリバリー)スタイル。
私が観たのは何てグループだったかなぁ。観客がサクラっぽかったのと、音楽よりTalkが長くて退屈でもあった。



一人で来たのかって?
まさか。私はBlogに登場済みのある女性キャラと2人で来たんです。
詳細は書けないけどそんな艶っぽい展開じゃないので変なドラマを想像しないでくださいねっ。
だがその女性はもう去ってしまったのです。
(U子じゃないですよ)
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千里十里 with ヒロ兄(アニ)さんのこと。。。 [和歌山]

千里十里.jpg最初の一杯.jpg
初めて和歌山市に来た平成17年から今日まで数年間の和歌山泊をカウントしてみたら90泊あった。
その日々の夜は必ずと言っていいほどこの店「千里十里」で1日を締めていた。どんな嫌な面倒くさい問題処理でも、ここ和歌山に、この店に来るのが楽しみだったですね。オアシスだった。
(私が和歌山や地方都市を出張していた時期、ジャン妻は自分が何に打ち込んでたかあまり記憶がないそうです)
和歌山市では公用絡みで人との出逢いや別れのドラマを体感したが、どちらかというと別れの方が多かった。普通のサヨナラではなく、別れ際に泣かれたり、喰ってかかられたり、トラブって相手に引導を渡さなきゃならないような別れ方もあった。
ある夜、「千里十里」で浮かない気分で飲む俺を見て若旦那が、「何か、問題でも・・・」
そう。問題があって来たの。でもその問題に決着付けた後は、「お仕事、上手くいったようですね」
って見破られたりした。

実を言うと「千里十里」には私以外でも、このBlogに登場した何名かは来ています。「千里十里」の顧客メモには、私と他の客との相関関係がメモしてある。
だが和歌山ネタの人間ドラマは諸事情で書けないのです。

この「千里十里」から会社に2回、山のような漬物が会社に届いてそれは社員で分けたのだが、その頃から何故か出張許可が出なくなり、ある日突然、辞令もなく地方担当を外されてた。それまでは組織図の地方担当に私の名前が載っていたのだがそこからも抹消された。
私は当時の営業に「○○さんは出張にかまけて飲み歩いてる。店に相当な金を落とさなきゃ飲み屋からこういうものは送ってこない」って讒言されたのだと今でも疑ってる。
とはいえ、自分の身から出たサビには違いない。そして昨年、ついに会社が和歌山から離れる決定的な事態が生じた。もう公用で来ることは完全になくなる。
なので、今回の和歌山行、「千里十里」訪問は、ヒロ兄さんとの再会と、私自身にけじめ、別れの目的もあって来たといっていい。
お品書き1.jpgお品書き2.jpgお品書き3.jpg
お品書き4.jpgお品書き5.jpgズラリ並ぶお品書き.jpg
ネタ1.jpgネタ2.jpgネタ3.jpg
私はカウンターこそ居酒屋の神髄が見れると思っている。「千里十里」の醍醐味は長大カウンターにある。
Mさんという一家、一族できりもりしているのだが、若旦那夫婦、先代夫婦、オジさんオバさん夫婦を柱に、近年は若旦那の娘さんやオジさんオバさんの息子さんも加わった。裏方の洗い場にはお婆さんもいるので10人いる。

居酒屋をちょっと捻って魚酒屋(ウザカヤ)という。ネタは近海モノがメインで、冬場は加太沖や雑賀沖の鯛やハゲ(カワハギ)がサイコー。
そういえば、若旦那の奥さんだたったかな。実家か親戚が雑賀の漁師さんで、「魚貰いに行くといつも寝てはりますんで、お金だけ置いて魚持って来ます」って言ってた。
私らが歩いて来た港の漁師さんだろうか。おそらくオバちゃんに道を訪ねた雑賀沖の漁師さんではないか。
ハゲ(カワハギ)肝造り.jpg軍艦巻.jpg
イワシ梅肉天.jpgカキフライ.jpg
太巻き.jpg軍艦巻.jpg
処理済~親父さん2.jpg処理済~オジさん夫婦1.jpg処理済~オジさん夫婦2.jpg
奥座敷1.jpg
4名様以上は奥座敷に通される。私も数回利用した。
その奥は右手に4畳半くらいの個室もある。
「千里十里」の料理は私はお品書きを見なくてもオーダーできるが、食べたことのないのがある。
かつお茶漬けというヤツ。これは俺が連れてったある女性が喰ってたのを見たが、自分はとうとう今日まで喰わずに終わった。私の締めは天丼か鳥雑炊。
エビサラダもオーダーしたことがない。「千里十里」は魚中心で野菜はそんなになく、和歌山に長期滞在中、野菜が不足してツナサラダは数回、喰ったことがある。

燗酒は荒神。醸造酒かな。
冷やなら「黒牛」
店の銘酒「黒牛」ボトルを10日で14本飲んだことがある。この時は週半ばに在庫がなくなった。長期出張で帰京してからクリニックで血液検査をしたら中性脂肪がかなりの数値だった。
鯨生姜焼き.jpgダシ巻き卵.jpg
鳥雑炊.jpg黒牛ボトル2本.jpg
明日、ヒロ兄さんとこの店に来るんだけど、その前夜、名残惜しげに堪能して、途中で、「和歌山で公用で来ることはなくなります」、「今後は私費で来ます」の後、
「明日は大事な客人が来るのでカウンター17時に3人よろしくお願いします」って予約した。
「5時。○○さんにしては早いですね~」(若旦那)
「いっつもお客さんいのうなる(いなくなる)9時ころやし」(オバさん)
気が付いたらカウンター左右は私らだけになっていた。
右誰もいなくなった.jpg左誰もいなくなった.jpg
翌日。雑賀埼砲台跡を見た後で17時前。
カウンターはガラ空きだったが、(土)でもあり、座敷のコース料理の事前準備(盛り合わせ)に余念がないスタッフたちは気合が入っている。

ヒロ兄さんをぶらくり丁の信号まで迎えに行く。
6月の大阪以来です。
私が今日の日中、和歌浦から雑賀埼沖を徒歩漫遊してた頃、ヒロさんは「支那そばや」という有名店でイマイチ仕事が足りんラーメン屋でつけ麺を喰って、トム・クルーズのミッション何とかを観てから和歌山入りされた。
2日目の千里十里.jpgお品書き.jpg
最初はガラガラ右.jpg最初はガラガラ左.jpg
ネタ4.jpgお通し.jpg
刺身盛.jpgハゲ(カワハギ).jpg
鯨竜田揚げ.jpgイワシ梅肉天2.jpg
オコゼ唐揚げ・・・だったかな?.jpg天丼と蜆汁.jpg
カキフライ2.jpgヒレ酒のヒレをペタペタ.jpg
どんな話をしたか、ちょっと酔っ払って記憶がおぼろげなんだけど。。。
◆長男さんの大学受験の話。(合格すっでしょ。大丈夫さ)
◆娘さんの話。
◆ヒロ兄さんの体調の話。
何だか夜に目が覚めるんでしたっけ。「それって寝てる間に奥さんが首絞めてるんじゃないの?」なんて失礼極まりないことを言ったような。

◆つけ麺の話。
ラーメンに一過言あるヒロ兄さんが、今日の昼に喰った「支那そばや」とかいう店について。
あの客を睨みつけてるような職人さんのポスターの店。そこのつけ麺を喰ったが、どうもスープ温度や麺の茹で加減がイマイチで、仕事の仕方が丁寧でなかったらしい。
http://nanishiteasobo-hiro.blog.so-net.ne.jp/2011-12-21に詳細。

◆大阪の居酒屋、「豊さん」「クラスノ」の話。
「豊さん」は旦那のBlogに詳しく載っていて是非行ってみたい店。
http://nanishiteasobo-hiro.blog.so-net.ne.jp/2011-12-31ここ「千里十里」の仕事ぶりも相当なレベルだが魚のネタの新鮮さも大きなウエェートを占めている。「豊さん」は大衆料理の焼いたり揚げたりに細かいワザがあるようなんだな。
私の想像だが、「豊さん」は、神戸三宮の「矢島食堂」に近いのではないだろうか。
「クラスノ」というのは大阪環状線の大正駅近くにあるこれまた小さい居酒屋で、私がBlogデビュー前の某掲示板でヒロ兄さんと会話がスタートしたのがこの店のネタだった。確か遠霞旦那も加わったような記憶がある。
店内は肩を寄せ合うくらいに狭く、写真を撮れる雰囲気じゃなかった。

◆何故かZ女史の話。
ヒロさんがすれ違ってたであろうこの女性は大阪の繁華街の出身でヒロさんと同じトシ。
Z女史は「クラスノ」の大正駅界隈で何者かにカバンを引っ張られ、抵抗したら蹴りを入れられたそうです。「大正ぅ?あんな怖いトコで飲んだの?」って言われたことがある。
私もつい大阪弁になったりする。
「あの女性は今でも大阪に帰りたい帰りたい言うてはりますが、東京では絶対に大阪弁出さないんですワ」
「何でZなんですか?」(ヒロ兄)
「彼女の本名のイニシャルは他にもありがちなのと、私の人間関係の中ではかなり濃い究極のキャラだからZなの。」

ここでは書けない会話も当然出る。
「雪子さんは何で・・・しはったんですか?」
これはちょっと今は書けないな。
「伊東甲子太郎ってどんな人物ですか?」
彼の悪口にならない程度に解説しました。
「横Gさんとお会いになられましたよね。どんなお話をされました?」
ええっと。。。(^^;
オーダーは殆ど俺が取っちゃった。だがさすがにヒロさんは納豆はNGだった。
「納豆巻きとか。マグロ納豆とかどうです?」ってススめてみたけどBu-!!
この店はどなたにでも推奨できます。魚が嫌いでない限りね。
処理済~オバさん.jpg処理済~オヤジさん.jpg
処理済~大賑わい右1.jpg処理済~大賑わい左1.jpg
処理済~大賑わい右2.jpg処理済~大賑わい左2.jpg
処理済~ヒロ兄さんとジャン妻.jpg会計後、この後は記憶があまりない。ヒロさんのBlogを見ると、この後、見送りがてら徒歩で歩き、和歌山ブルース碑で佇んだようですね。
http://nanishiteasobo-hiro.blog.so-net.ne.jp/2011-12-24
次回は大阪ですかな。我孫子かな~。






「さらば和歌山、さよなら千里十里」とは言いなくないが、公用時の和歌山やこの店でのドラマは生涯忘れない。今回、ヒロ兄(アニ)さんとこの店に来たのは、過去に区切りをつけ、また始まるドラマのエピローグであって欲しい。
私の中で最高峰の居酒屋は、いつもここ、和歌山にある。「千里十里」。。。
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ぶらくり丁と和歌山市温泉「ふくろうの湯」 [和歌山]

夕暮れの川に面したぶらくり丁と築地界隈です。
夕暮れのぶらくり丁1.jpg夕暮れのぶらくり丁2.jpg
夕暮れのぶらくり丁大通り.jpg夕暮れの築地御踊り.jpg
中ぶらくり丁1.jpg中ぶらくり丁2.jpg
閑散とした東ぶらくり丁.jpg処理済~和歌山ブルース歌碑とジャン妻.jpg
かつて繁栄したこの町の姿は、「千里十里」の道路向かいにある和歌山ラーメン店「味」の店内に掲げてある古写真に僅かに偲ぶことができる。
昔のぶらくり丁写真1.jpg昔のぶらくり丁写真2.jpg
今は寂しい。くるま社会の普及と市電廃止ともに、需要客は郊外に流れてしまった。かつての繁栄はない。
私から見て、地元の店で気を吐いてるのは築地大通の「千里十里」だけです。数年前には他にも幾つか居酒屋があったのだが、訪問する度に消えていってしまった。
「千里十里」若旦那は私と年齢がそんなに違わないが、かつての繁栄ぶりをこう語っておられた。数年前のあるサイトから抜粋。
「私が小学校の頃はどこの店も忙しくていつも9時まで店が開いていました。とにかく親と食事ができないし、小学校の時の門限は9時だったので、他のお店も開いていたので夜遅くまで遊んでいましたよ」
へぇ。今は9時まで営っている店舗なんて、「千里十里」と一部の飲食店、ドンキ、何とかいう百貨店跡地にできた天然温泉「ふくろうの湯」ぐらいなものですよ。
この「ふくろうの湯」に私は入ったことはないが、和歌山温泉といっていいのでしょうか。ゲストのsayurinさんは入ったことありますよね。「千里十里」の大旦那と大女将はよく行かれるそうです。
ふくろうの湯.jpgフォルテ.jpg
青い電飾看板.jpg紀伊半島はアルカリ重曹泉が多いそうだが、アルカリ重曹泉とはどのようなものなのか。重曹と銘つくようにどろどろしたお湯なのだろうか。
阪和自動車道和歌山IC近くに茶褐色の「花山温泉」というのがあるがどなたか行かれた人います?
「ふくろうの湯」もそこと同じような湯なのだろうか。
その「ふくろうの湯」はぶらくり丁の西側の本町辺り。確か、閉店した百貨店、マルなんとか、マルショー(丸正)だったかな。そこの跡地にあって地下1500mから源泉(32度)を汲み上げて加温している。


営業時間は10:00~24:00(最終受付は23:00)
定休日は毎月第3火曜日のみ。
入浴料金がちょっと高く、大人1000円(タオル・バスタオル付)、子ども500円(バスタオル付き)
岩盤浴のみ1300円で、入浴+岩盤浴のセットが1800円
私は日帰り湯を経験したことがないのですが、料金ってこんなもんですか?
調べてみたら浴場は地下にあって、洞窟風呂、壺湯、ジェットやジャグジー、シルク風呂、座湯、サウナといった、これぞ和歌山市内のスーパー銭湯といった感じ。
今日までとうとう入らなかった。

「この地域は病気にかかっているというか、少し風邪をひいているような気がするんですね。昔は地域に店を開けているだけでステータスというかすごく良かったんですが、今は地域の魅力が落ちているなと思います。時間がかかると思いますが、個々の店が元気になって、反対に地域を作っていく元気をつけないといけないなと思います」と言う若旦那の「千里十里」は和歌山でもかなり有名な店で、いっつも?盛況です。
千里十里2.jpg処理済~千里十里と若旦那.jpg
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太公望 [和歌山]

問題の別れ道.jpgありがとう太公望.jpg
大廻りしてしまった.jpg雑賀崎港でオバちゃんが「これって太公望の辺りとちゃうかなぁ」って言ってたのってこれか。「太公望」とは旅館だったんです。
この「太公望」ともう一つの宿の隣に砲台跡への入口があったわけだが、つくづくこの分かれ道で左折しなかったのが悔やまれる。左折したら1/5の距離で済んだのと、ジャン妻の白い目を見ながらあんな山道をゼイゼイ登る必用はなかった。1時間ロスしましたからね。
二人ともくたびれた。俺は道を誤った責任を感じて「太公望」のフロントに交渉に赴いた。
「タクシー1台呼んで貰えないか」って。
フロント責任者は私をどう見たか。
まさか和歌浦口をここまで歩き、砲台跡を登って来た閑人とは思わなかっただろうが、辛うじて私は黒いスーツ姿なのが幸いした。おそらく全うなビジネスマンに見えただろう多分。
フロント責任者はトテモ感じのいい方で、「ええっと、ここから一番近いタクシーは。。。」笑顔でタクシーを呼んでくれた。
私は外で待とうとしたのだが、「10分くらいで来ます。寒いからロビーでお待ち下さい」と言ってくれた。
「タクシー呼んだ?」(ジャン妻)
「呼んだ。中でお待ち下さいってさ」
だが私のズボンの裾には、砲台跡へ至る道の枯れ草やトビツキみたいなのがくっついている。
赤い絨毯を汚したら悪いので払った。
http://taikoubou.co.jp/
太公望ロビー1.jpg太公望ロビー2.jpg太公望食堂.jpg
中はこんな感じ。典型的な一昔前の大型旅館です。
客室36室。収容人数180名。宴会場は130畳と70畳が2つ。地元の宴会にも利用されているのではないだろうか。
温泉ではないです。紀州備長炭風呂。日本夕陽百選の宿でもある。今宵の夕陽時間もあった。
太公望廊下.jpg太公望フロント.jpg雑賀沖の夕陽時間.jpg
「何か買わないと悪いね」(ジャン妻)
だが、そんなに買うものはないので、自販機で缶コーヒーを買い、宿の紹介パンフを貰うにとどめた。
タクシー待ちの間、フロント責任者に「砲台跡」の資料を見せた。「ここに行って来たの」
「えっ!!」
フロント責任者は仰天された。あんなトコへ行ったのかという表情である。
「和歌浦口からここまで歩いて、ぐるっと廻って海側からまた登って来たんだよ。疲れた。行ったことあります?」
「いやぁ、地元の人でもよういかんですよ。年に何回か地元の人が草を刈ったり、整備したりしてますけどね」
タクシーが来た。「来ました」
「おおきに。ありがとう」
私が「太公望」に泊まることはまずないだろうが、この日の親切は忘れないだろう。
太公望プラン.jpg太公望パンフ1.jpg
太公望パンフ2.jpg太公望パンフ3.jpg
俺らの宿泊、ダイワロイネットへ快走する。市内なので1500円ぐらいだったかな。金は俺が払った。ジャン妻は「当然だ」という顔をしている。
ロイネットに着いたのは16時だった。
足が棒です。脛が痛い。
「寝る」(ジャン妻)
「寝ても30分程度だぞ。ヒロさんと17時だから」
シャワー浴びてちょっとうとうとして、さぁ「千里十里」でヒロ兄さんと再会だ。
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カゴバ台場 紀州藩の砲台跡 [和歌山]

和歌浦口の雑賀城から、片男波、海水浴場、和歌浦港、雑賀崎港と延々3時間ほど歩き、港で道を訊ねてから雑賀崎半島の山へ上がり、分かれ道で左折すればいいものを右折してぐるっと廻って埋立地の海岸を歩き、寒さに顔面強張り足が棒になり、ヒロ兄さんとの会食の時間を気にしながらここ最後の目的地、「何なのこれ?」と憮然とするジャン妻のケツを叩き山登りに踏み切った。
またしても山道へ.jpg山を登る1.jpg
処理済~ふり返るとジャン妻が1.jpg遅れがちなジャン妻1.jpg
急になってきた.jpgまだ登る.jpg
遅れがちなジャン妻2.jpg遅れがちなジャン妻3.jpg
私は目的があるので早い。
ジャン妻は遅れがち。
(カジュアルを持ってない私はこの時も黒系のダークスーツだったんですよ)
α運動.jpg地図を見ると同じ山に再度、北側から登ってるんです。これがキツかった。桟道というか狭い山道。丸木で崩土を無理やり押さえた急な階段。枯枝を掻き分けて進むこと10分。
途中、見上げたら旅館があるんです。もしかして先刻の分かれ道を左折したらこの辺りに出たんじゃないか。何て大廻り、無駄な労力を使ったかと後で気づくのだが、頂部に出たらジャン妻はすぐに気づいた。
「これってさっきの道を左に行けばこの辺りに出たんじゃないの?」
実際そうだったのだが、その頂部から右折して、峰の細い道を進む。畑がある。
まだ登るのか.jpg畑があるぞ.jpg
今度は下っていく.jpg算積木の石垣1.jpg
左手にこんな異様な石垣が現れた。
蒲鉾の形をした石垣みたいなもの。よくわかんないんだけど、陣地の復元みたいなものだろうか。
算積木の石垣2.jpg算積木の石垣断面拡大.jpg
その先へ歩くと、視界が開けた高台へ出る。
砲台跡1.jpg砲台跡2.jpg
砲台跡3.jpg砲台跡4.jpg
砲台跡5.jpg砲台跡6.jpg
砲台跡7.jpg発掘時の説明版.jpg
ここは紀州藩の砲台跡なんです。
和歌山県教育委員会が県文化財に指定した幕末期の砲台跡で雑賀崎台場とか、カゴバ台場といいます。
処理済~砲門を開く2.jpg紀州藩が海防対策を進め、和歌山城に近い海岸部に約30カ所の砲台を設置したうちの一つ。
雑賀崎北端部は紀伊水道に突び出していて、「トンガの鼻」というのがここ。
台場なんてのは緊急時のみの仮設が多く、すぐに取り壊されるため現存するものが少ない。実際、砲門を開いて実弾をブッ放したことがあるかどうかはワカラナイ。でも台場の形状や、砲台となった石垣がこれほどきれいに残ってるのは珍しいそうです。私もこういう類のものを直に見るのは初めて。
雑賀崎城が見える。あの向こう側から歩いて来た俺たち。和歌山城も見えます。

雑賀崎が見える1.jpg雑賀崎が見える2(拡大).jpg
海が見える.jpg和歌山城が見える.jpg
疲れた。
来た道を戻って古い旅館の脇に出た。「七洋園」とある。
営ってるのかどうかちょっとわからないが、その旅館前に立派な舗装道路があるじゃないの。
さっきの分かれ道、左に行けばここなんだなとすぐにわかった。
地元の人か見学者以外は立ち入り禁止のここに来られるヒマ人ってそうそういないと思いますが、海側から急な山道を登るより、この古い旅館「七洋園」脇には狭いながらも駐車場があるようです。ここから入った方が全然楽です。
ありゃ?.jpg一般道側の説明版.jpg
ここから行けばよかったのか?.jpg問題の別れ道.jpg
太公望ってこれかよ.jpgジャン妻はブゥブゥである。
「山を降りて迂回しないでも、上からそのまんま行ける道があったじゃないの」
「それは結果論だ」
それに至るまでのプロセスが需要であると言い張ったが、ジャン妻は「よく言うよ」という顔である。
だが私も歩く気力がなくなった。
ヒロ兄さんとの会食までまだ1時間半あるけど、また同じ道を歩いて下ったらメゲるだろうから、この辺りでタクシーを拾わないと。「七洋園」は営ってるのかどうか微妙なので、その隣のデカい旅館のフロントに頼もうと疲れた足を運んだら。。。
「太公望。。。???」
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雑賀崎港で道を訊ねる。 [和歌山]

雑賀崎城の丘.jpg雑賀崎城UP.jpg
雑賀崎城です。
石山本願寺を追われた教如をこの城の崖下にあった上人窟(和歌山県指定天然記念物)に匿まったという。
だが上人窟へ行く遊歩道は崩落しているそうです。灯台側からも港側からも通行できなくなっていて、工事中というより閉鎖中のようです。
雑賀崎港1.jpg雑賀崎港2.jpg 雑賀港の猫1.jpg雑賀港の猫2.jpg
これじゃようワカラン地図.jpg雑賀崎港まで歩いて来ましたが、最終目的はこの灯台のある雑賀崎半島の向こう側にあるらしいのだ。
左地図の岬の突端の変なマークがそれ。
ここからどうやって行けばいいのか道がわからない。犬の散歩に歩いて来たオバさんに道を訊いてみたら、雑賀崎を海伝いにぐるっと廻って向こう側に行くことはできないそうです。道が崩落しているらしい。
一旦、半島の上を走るバス通りに上がらないと向こう側には行けないんだと。
だがそこから先が明瞭じゃない。私が広げたこの地図がサッパリ要領を得ん地図で・・・これを見たオバさんは首を傾げた。

「ここまでどうやって来たの?海辺を歩いて来たの?途中、右手にトンネルがなかった?」
俺らは真新しい波早崎トンネルを抜けてきた。そのトンネルではなくここまで来る右手に確かに古いトンネルがあったようだが。
「バスの道に出て上の太公望さんの辺りじゃないかなぁ」
タイコウボウ?
釣り人か?
釣り場だろうか?
ここが重要です。この太公望とは何か。後でまた出てきます。
オバさんはこうも言う。
「(何とか)団地の方から行くのかなぁ」
団地の名前はちょっと忘れたが、この”タイコウボウ”と、”ナントカ団地”を、3回か4回繰り返してましたねオバさんは。
新興マンションだろうか。だが人口減の和歌山市にそんなマンションなんてそうそうないし。
埋め立て地の工業団地だろうか。雑賀崎半島の向こう側に降りてグルッと回れば埋立地みたいになってるんだろうかと推測した。
私はオバさんの言ったバス通りに出ようと、一旦来た道を戻って細い九十九折の道を喘ぎ喘ぎ登ってった。もう写真を撮る気力もなくなってきたのでこの時は撮っていません。
バス通りに合流する。センターラインのある舗装された道に出た。
問題の別れ道.jpgこの分かれ道の写真と、次の地図、をよく見て欲しいのですが。俺らはオバさんに道をきいてからここまで半島の坂道を喘ぎ喘ぎ登って来て、右へ行くか左へ行くかの選択肢を迫られた。
俺らは右へ行った。
そしたらせっかくここまで登って来た道を延々と下っていくんです。
何だか嫌な予感がした。だがここで引き返してまた来た道を登るのもどうかと思い道なりに下っていった。
ジャン妻は黙々と付いて来る。文句を言う気力もなくなったのだろうか。


最終目的地への大回り.jpg雑賀崎小学校を運河寄りに曲がる。何だか産業道路みたいな陸橋の下を潜って、誰も歩いていない埋立地の道幅広い産業道路を歩いて行く。
オバさんの言ったとおり、確かに工業団地になっていたがあまりの殺風景さにカメラは出さなかった。
「どこまで行くの?」
出たよいつものセリフが。だが、俺も何処まで行くのかわからないのだ。




産業道路の陸橋下を潜る.jpg寒い海.jpg

ジャン妻は寒風に吹き付けられて頬が赤い。目が潤んでいる。
寒い。陽まだ2時半なのに陽が西に傾いてきたような気がする。俺は時間が気になった。もう目的地は遠くない筈だが、夕方17時には「千里十里」でヒロ兄さんと会うことになっていて、それまでに一旦、ホテルに戻れるだろうか。
誰もいない埋立地。草ボウボウの荒れ果てた広場にその案内板はあった。
トンガ?カゴバ?.jpg麓の説明版.jpg
この山?.jpg「何これ?」
「・・・」
「なんなのこれ?」
「・・・」
「ここから(また)登るの?」
さすがの俺も固まった。また登らなきゃならんのかいって思った。和歌浦の雑賀城から延々歩いて数時間、今日最後の行軍が始まった。ジャン妻に「山登りはしない」という口約束だったのだが。。。
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