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船山史家呟き終了の辞 [船山温泉]

拝啓、船山温泉どの。。。
T館長、Mさん、Nさん他スタッフの皆さん、お元気でしょうか。
7月末に、会津蕎麦宿とハシゴして以来だから、私にしては随分と間が空いてしまいました。その間、寿退社された方もいるかな~。
新しい“あの女性”はもう慣れたかな~。
朝の船山館2.jpg対岸から朝の船山館1.jpg
もともとは貴館の応援Blogだったハズですが、すっかり居酒屋や上州のグルメBlogになってしまった感があります。
でもこのBlogの冠たる船山温泉さんを忘れたワケじゃござんせん。
だって私、貴館に操をたてるべく、義理を通すべく、こっちでは温泉旅館全く行ってないですから。でもそんなことしてもT館長は嬉しくも何ともないかもな。
せっかくだから行けばいいのにというお声の方が多いですけどね。

7月末の船山~湯神ハシゴで、一旦は燃え尽きちゃったのもあるんですな。その後はこっち(上州)のグルメや人情ドラマにハマっちゃってます。こっちの記事が、旅館経営の何かお役に立ってれば嬉しいのですが。
ラスト23時7分.jpg
このBlog、マンタンになりまして続編に移行しますが、その続編も貴館の屋号をお借りしております。
だったら船山の記事を載せろと仰せでしょうか。
99の謎も101で一旦は打ち止めになってますからね。102が果たしてあるかどうか。
朝の船山館1.jpgはて?いつの船山館だったか・・・.jpg
冬場に船山温泉が営業的に苦しいのはな~んとなく存じております。またヨロシクお願いしますと思ったので、予約入れました。

さて、この記事で、Blogの容量がマンタンになってきたぞ。
案外と早かったな。毎日更新してたら2年ちょっとしかもたなかったですね。
昔はショート記事が多かったから、続編に移行しても今のペースだったら2年もたないかも知れない。2年先まで毎日更新できるかはわからないですが。

特に仰々しい終了宣言ではありません。
メンテナンス用に数MB残してサラッと続編に移行します。船山史家の呟きⅡです。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/
リンクしてる方々もそのまんま引っ張って行くつもりですので。
まだまだ続けます。皆様ヨロシク~。
オフ会名札.jpg名刺.jpg
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船山温泉99の謎 101.船山の“山之神”にはオコゼを供えるのか? [船山温泉]

ビッグコミックに「築地魚河岸三代目」という人情マンガがある。
マンガ3.jpgマンガ1.jpg
マンガ2.jpg舞台は築地。魚屋に卸す。いろんな魚を題材に人物を絡めていく。
マンガ自体は悪くない。
だが、このマンガに登場する「ちあき」という店のカウンターに主人公以下、10人近くも陣取ってる場面に違和感がある。
こういう店はあり得ない。
大人数なら大きい店か座敷かテーブル席へ行けって。

でも今回はそれが本題ではありません。
このマンガで、題材の魚が“オコゼ”だった時のこと。
「山の神にオコゼを備える風習が各地にあるんだそうです」
「山の神にオコゼ?何か意味があるのかね?」
「山の神は醜い顔をしているらしく、それ以上に醜い顔をしているオコゼを捧げれば喜ばれるだろうと。そういう言い伝えなんですが」
なんだそれは?
知らない人が聞いたら随分、失礼な言い伝えではある。

船山にも「山の神」はある。謎43で取り上げた。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2010-11-22
船山上流にはかつて人家が二軒あったのだが、うち、一軒の跡地、お墓のちょっと上流にある。そこへ至る道は地図には明記されていない。
その道がこれです。上流にある三叉路を本線に沿って左折した右手にある。
山の神入り口.jpg山の神への道2.jpg
「昨年の災害以降、あの地に行かれた?山の神ってまだあります?」
T館長は最近も近くまでは行ってるそうです。「今でも当然ありますよ」(T館長)
誰の土地なのか。
「あの場所は個人の土地ではなく、国有地というか、南部町本郷区の土地です。」(T館長)
私は3回行ったが、昨年と今年は行っていない。今も当時のままなら、石造りの祠というか小さな祭壇のようなものがあって、石に「山之神」と刻まれている。
細い注連縄で四隅を囲ってあり、榊が置いてあった。
船山の「山之神」にはオコゼをお供えするのだろうか?
W家屋敷跡1.jpgW家屋敷跡2.jpg
まず、山の神ってなんなのか。

一つの説として、山の神は春になると山を下りて田の神になって田畑を豊作に導く。秋には山に戻る。
山の神と田の神は同じかもしれない。それと、ここが重要ですが、山の神は女性らしいのだ。
だが美人ではない。ここも重要なのだが、失礼ながら、醜女だという。

ある山の神が田に降りてきて、水辺に写った自分の醜い顔を見てしまった。
本来なら田畑を廻るのだが、己の顔を見て羞恥と悲嘆のあまり山へ逃げ帰ってしまい、田を見回ってくれないから苗が枯れ始めた。
困った農民たちは、山の神に「田に来てください」と訴えるが、
「嫌じゃ」
ケンもホロロ。
祠に閉じこもったまま出て来ないのである。
農民たちは一計を弄した。天岩戸みたいに祠の前で賑やかに歌ったり踊ったりして神を出そうとしたのです。
だが踊り手が面を被ったのが逆効果になり、神は面を見て自分の顔に当てつけられたと思ったらしい。神の怒りの火に油を注ぐ結果になった。自分がバカにされたと思った神は泣き叫び暴れた。そしたら一天俄かに掻き曇り、山や台地がゴウゴウと揺れ始めたという。

村の長老が叱った。
「何をやってるんだ。山の神様は醜いのを気にしておられる。そんな面なんか被って踊るもんじゃない」と。
どーすればいいのか。
「山の神様よりも、もっと醜いモノをお供えすればいい」
そ、それでいいのか。そんなのがあるのか。
「オコゼがいいであろ」
おそらく海辺が近くにある村だったのだろう。オコゼには失礼だが、オコゼを祠に置いたら、扉から山の神が外をのぞき見した。オコゼと目が合った。
何だこのブサイクな魚は?
「自分の顔よりブサイクなものがあったのね」[わーい(嬉しい顔)]機嫌が直った。農民たちと村に降りて来た。そしたら田畑が蘇り、村々は豊作になったという。

この山の神は、生産者たる農民にとっての神です。
だが山を生業とする者、猟師、樵、炭焼き、山伏等の山の神はそれとは違う。彼らの仕事場である山を護る神です。なので麓や田には降りて来ない。常にその山にいる。
前述の山の神は麓の村々の田に降りて自分の顔を見てしまい、おそらくは村が海辺に近かったことから農民の長老がオコゼを知っていて、神に捧げて一件落着したケースと思われる。

では田に降りて来ない山の神、猟師たち山の民の山の神がどうして自分の顔を見て悲嘆し、オコゼを見て納得したのだろうか。

これも一説がまことしやかにあって、山の神には娘の神がいた。
その娘神が年頃になって谷か沢に降りて水でも汲みに行ったら、川の水に自分の顔が写ったのを見た。自分の醜い顔にオドロキ、ショックで食事が喉を通らなくなったという。
母神は慰める。
「娘よ。この世には、お前よりももっと醜いものがいるのだから」
「では母さま、私より醜いものは何?」
「見たい」と母神にせがんだ。母神は山に生きる若者を海に走らせ、オコゼを捕ってこさせて娘神に見せたんだと。
そしたら娘神の機嫌が直ったのである。「この魚は醜い顔してるんだね~」[わーい(嬉しい顔)]と途端に明るく元気になり、オコゼを自分の傍に置いておいたと。
そこから“山の神はオコゼが好き”と伝わった。オコゼにしてみりゃ随分な話ではある。

山の猟師たちはオコゼを求めて和紙に包み、お神酒と一緒にお供えして山での安全と豊猟を願ったという。
オコゼを包んだ和紙は100枚くらいあって、猟師たちは1枚ずつ身に付けて御守とした。紙がなくなるとまた新しいオコゼを和紙にくるんでお供えした。
ではオコゼは山の獣どもに喰われなかったのだろうか。
背びれに毒針があるから敬遠されたらしい。それとオコゼを包んだ和紙は、生餌を荒らす虫たちを防いだともいう。

オコゼを提供した海の漁師たちは山の神をどう理解したのか。
海に潜って魚を獲っていた人は海面下の岩を山に見立てた。その岩に縄張りをもつオコゼを、その岩場の主、もしくは神として連想する下地があったのではないかという説もある。岩場が山になったというのだ。
もしくは海を離れて陸や丘、山で過ごすかつての漁師たちが、オコゼを山の神に供えるのには抵抗がなかったというのもある。

山の神がオコゼを好むのは唐揚げや刺身にするのが好きなのではなく、女性だから嫉妬深いということがオコゼに結び付いたということ。。
醜いオコゼを好むというマンガのオチは正しいらしい。
他にもた~くさんあって、山の神は多産だとか、祭の日や特に十二の数にまつわる日は入山禁止だとか、この禁を破ると生きて帰れないとか、祭りには女性は参加できないとか、三又の樹木には山の神が宿るから切ってはいけないとか。。。
山之神への道1.jpg山之神への道2.jpg
では船山の神はどの山の神なのか。以下、T館長に訊いてみた。
「あの神って何を祈念するものなの?」
「山ですね」
それは解っている。
だって船山は海辺の宿でも湖畔の宿でもない。山の中の一軒宿って謳ってるじゃないの。
船山の神は、大森山や御殿山の神だと思う。
「山に入っちゃ行けない日、週間ってあるの?」
「ないです」
「大森山の山開き日ってあるんですか?」
「ないです」
それにしてもずいぶん簡潔な回答だな~。T館長は国語が苦手だからか、どうもこっちが期待する詳しい回答が得られない時があって、こっちで引っ張らなくちゃならないのが結構あるんだな。

御殿山の山開き日はあるかも知れない。
御殿山1.jpg御殿山2.jpg
オコゼをお供えするの?とは訊かなかったが話を振ってみた。
「最近見たマンガで、山ノ神にオコゼをお供えする風習があるっていうのを見たんだけど、神より美しいものをお供えすると神が怒るという言い伝えに基づくんだって。何をお供えするものなの?」
「別に決まってはないです」
これまた簡潔なお答え。私が船山の「山之神」を見た時は何かを奉げた形跡はあったのだがそれが何かは解らなかったのです。ワンカップ清酒の空き瓶だったような。でもそれは酒ではなく榊を立てる瓶だったのかも。        ↓ この写真の右奥に写ってるのがそうです。
山之神様.jpg船山の下流にも田畑はあるが、船山の神は山で働く人たちの神だと思う。
全回の謎43で「船山や大森山、御殿山の自然を護り山の恵を護り、恵を得ようとする者を護り、山が荒れないよう鎮め他国者の入山を戒めるもの」と書いた。
現在でも猟師や、船山川や鉈取川の堰堤や林道大森鉈取線の保全作業等で山仕事関係者が入山します。
彼らが山入りや伐採作業の前に山之神を拝んで供物を奉げて安全を祈願するのだと思う。


私は山之神を3回訪れているが、昨年と今年は未だ訪れていない。
だから昨年みたいな大水になっちゃったんだろうか。

神のいる地は樹林で、訪れる度に背後や木々の上から、誰かに見られているような気がする。
天狗か神の使い(狼?)か。
何処からか私を見ているに違いない。

船山温泉にはもう一つ、神がある。
それは湯の神様。
湯が枯渇しないように。今日も湧き出てありがとうございます。明日もそれ以降も未来永劫、お湯が湧き出るようお願いしますみたいなもの。
ではそれは何処にあるのか。
「湯の神様はありますよ。〇〇〇室の横に」(T館長)
これは次回の宿題にしておこう。
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夏の椿事~船山~湯神~前編 [船山温泉]

曇り空の船山館.jpg庭を見る.jpg
何とも複雑な気分ではある。
船山に向かう道すがら、新東名を走りながら明日の会津のことを考えたりしてる。
「明日は何時に出ようか・・・」
まだ船山に入ってもいないうちにですよ。何処か無理がある今回の船山~湯神連泊。やはり無理があるのかなぁとブツクサ考えながら船山にチェックイン。13時半頃だった。
215室1.jpg215室2.jpg
何故に会津の本が.jpg215室で、何故か会津の書籍を読んだりするこの矛盾。(会津でネタ収取がある為)
チェックイン前に若干、時間の猶予があったので、南部町アルカディア文化館(図書館)で時間を潰した。そこで調べたのは船山温泉99の謎の“外伝”に予定している「穴山氏」のネタ。
チェックインしてから215室で眺めてるのは、会津桧原の豪傑群「穴沢氏」続編のネタ。

穴山と穴沢?マギラワシイったらありゃしない。
まぁ彼らのせいではありませんが。
(穴山氏は船山の近所にいた時代があります。ただし、有名な梅雪より数代前の人です。)
二人静.jpgおっ!!
貸切り湯「二人静」がちょっと違うぞ。
浴槽のギザギザが消えたっ!!
平らになってる。座っても痛くない。






違いを見て下さい↓
二人静.jpgギザギザ.jpg
座っても痛くない.jpg削った分、ちょっと段差が.jpg
前から散々言いました。痛い、剣岳みたいにギザギザ、座るとケツに喰い込む、取り替えたら休業だよねとか。
ところが「二人静」の湯船をまるまる取り換えるとなると結局は水回り全体の工事になるので何日か休業せざるを得ない。金がかかるんだな。
宿泊費への影響も考えて簡易工事ですませた感じです。
「湯船を取り替えたの?」
「上だけ削っちゃったんです」(Nさん)
休館日に工事した。「やってみたら1日でできました。削ったら割れるかな~って心配もあったんですが、そこはコーティングを上手く注入して・・・」(T館長)
写真の濃く茶色いのがコーティングだそうです。
ギザギザがなくなった.jpgコーティング.jpg
よ~く見ると、注ぎ口と2cmくらいの段差がある。
気持ち、浅くなった感もしないでもない。でも悪くない。
この2cmの段差が、隣の貸切「清水」(私はシミズと呼んでいたのだが、正式にはキヨミズらしい)他の浴槽との水面の高さの兼ね合いで湯温が微妙に違うという。
全部の湯が均一にするのが難しいんだと。
夏場は湯温がぬるめの設定になっています。(冬場の清水は熱い)
湯船の目線で.jpg緑.jpg
半露天の清水.jpg清水.jpg
「静山の湯」の前はきれいに伐採されていました。
全部を伐採しちゃうと風情がなくなるし、あまり多いと虫の巣になっちゃうし。ほどよい見通しになりました。かつて、木々に隠れて古い電柱が1本たってたんだけどそれもなくなってた。
HPが新しくなってたから、その撮影用に伐採したのかもしれない。
静山の湯露天.jpg内風呂から.jpg
船山川はまだ昨年の痕跡がある。痛々しいくらいに。
如何にも上流で崩れて流れてきたばかりの大石、岩。。。
大森山の崩落もあのまんま。
河原の石たち1.jpg河原の石たち2.jpg
大森山崩落の跡.jpg今年は昨年ほど蛍は飛ばなかったそうです。
上流はどうなっているのだろうか。
河原を見ると、崩れたての岩や大石が転がってる。
源流部の沢が崩れ、下流まで流れて来た”新品の岩”です。
増水の際は泥流しか見えないが、見えない水面下で大石が流れていたことになる。

オフロードバイクが1台、上流に走っていったがすぐに引き返してきた。
私も上流には、山の神には2年近く参拝していない。

大森山斜面1.jpg大森山斜面2.jpg
215室の内線が鳴った。
「アイヨ~、待ってました」って出たらT館長だった。彼は「やつで」まで案内してくれたのだが、
「先日はお友達を紹介してくださったのにすみませんでした」
お友達?誰?
ああ、○○さんのことか。
何か不手際でもあったのかな。T館長は「後でお話しが。。。」と言って「やつで」を出て行かれた。
食後、反省会から例のWCのスリッパの検討会になる。
お品書きが表じゃなくって縦書きになった。Tさんが去ってから年配者筆頭のMさんに、「ここに書いてある○○って方が料理長?」って聞いたらそうだという。
処理済~おしながき1.jpg
猪鍋に最初からクレソンが入っていた。
クレソンが入っていた.jpg煮えてきたところ.jpg
岩魚薄造り.jpg岩魚素揚げ.jpg
Mさんに訊いてみた。「Tさん何してんの?」って。
勇退したTさんは現在、地元で再就職された。
「まさか○○○ィー?」(ジャン妻)
「そりゃ熊と間違われかねない。レストランだろ」(私)
「先日、お友達が船山にお出でになった時、見えられましたよ。でもいないとさびしいですよね」(Mさん)
いずれはいない光景に慣れていくんだと思うけど、Mさんも「Tさんがいなくなってアタシがいるでしょっ」って気張ればいいのになと思うのだ。
甲州ワインビーフ.jpg手打ち蕎麦.jpg
食後のロビーにて。
「ウチのスタッフ皆(このBlogを)見てますよ。あんなのばっかり食べて痛風とか大丈夫なの?って」(T館長)
見てくれてどーもです。
記事になり易い料理を選んで載せてるの。痛風とかは全く大丈夫です。でも過信しないようにします。
やはり二つの店が際立つらしいです。
「尺八の店っていいですね」(T館長)
「天然ママの店もいいですね」(T館長)
それと、「あの焼き鳥屋(上大岡)でもレバ刺は出なくなったのですか?」(T館長)
南部町からのお達しで、鹿刺もダメになった。ところが「馬刺はいいんです」
何故、馬がよくて鹿はダメなのか。アタマん中で明日の蕎麦宿の馬刺を思い浮かべたが、馬刺まで禁止したら怒るよ。
その後は例のWCのスリッパのネタになる。
「非常にナヤマしいのですが。。。」
いろいろ話したが、ここで結論は出ていません。
夕暮れの静山の湯.jpg夜の渓流の湯.jpg
朝餉の焼き魚が開きになった。マスかな。
私は抹茶粥も蕎麦粥もパンも無視して最初にメシをごそっとよそってから「やつで」に向かいました。
朝餉.jpg開きになりました.jpg
朝湯を楽しむ.jpg静山の湯.jpg
私の記憶に間違いがなければ9時過ぎにチェックアウトしています。こんなに早く出たことって初めてです。
新東名の何処か途中で、車内のBGMを甲斐バージョンから会津バージョンに切り替えました。
一路、北へ。
清々しい朝の船山館1.jpg清々しい朝の船山館2.jpg
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船山温泉99の謎 100 内湯のWCにスリッパがないのは何故? [船山温泉]

T館長に夕餉処に案内され、彼が部屋を出る時、T館長が「後でお話しが。。。」
ロビーでお話ししたのが表題のネタです。
「これって非常にナヤマしいのですが。。。」

船山温泉は館内は裸足、素足です。廊下も食事処も脱衣所も畳なのでスリッパはありません。
畳とはいってもビニール畳です。本畳だったら傷んでコストがタイヘン。で、唯一、スリッパがあるのが各客室のWCです。
客室のWCだけです。大浴場の「静山の湯」&「渓流の湯」、貸切湯の「二人静」&「清水」らのWCにはスリッパは備え付けてありません。
何故だろうか。
(食事処突き当りのWCはサンダルだったと思う。私は一度しか利用したことがない)
スリッパがない2.jpg清水.jpg
この件でちょっと思い浮かべたのが昔ながらの大型団体旅館。
大形旅館の場合は館内でスリッパを履く場合が多い。
チェックインの際に靴を脱いで客室に向かう時、既にスリッパを履いてるか、靴で部屋まで歩いて部屋にあるスリッパで館内を闊歩するか。
大浴場では(座敷の大宴会場も)スリッパを脱ぐ。
アタリマエである。スリッパを履いたまま湯船に浸かるバカはいない。そういう問題ではなく、その後、部屋に戻る時は自分が履いてきたスリッパを履くとは限らない。誰か他の人のかも知れない。

私はジャン妻の履いたスリッパを自分が履いてもイヤとは思わないが、ジャン妻は私の履いたスリッパを履いて「イヤだな」って思うだろうか。一緒に来た家族や仲間のモノなら目を瞑るけど、見ず知らずの第三者の履いたスリッパだったら皆さんの本音では如何ですか?
気にしなけりゃいい?そうかもしれないけど、深く考えなきゃいいんだろうけど、私も正直、誰かが履いたかわからないスリッパを履くのはちょっと抵抗がある。
逆もそう。俺の履いたスリッパを誰かが履いてるのを知ったら何か嫌かも。

でもいつの間にかそういうのを考えなくなった。
何故か。
船山が裸足だからです。他に行かなくなったから。
蕎麦宿は部屋に内湯だし、変則的部屋食だし、他の人の履いたスリッパを履く可能性は限りなく低い。伊豆の「さらの木」もそれに近い。

客室のWCにスリッパがあって、脱衣所のWCにスリッパがないから「おや?」って思えるのかも知れないが、「WCにスリッパを置くかどうかは悩ましいところなんです。確かに以前、そういう要望は幾つかありました」
置こうかなぁって思ったことはあったらしい。
「でも、置いたら置いたで・・・」
この先は美しい話で恐縮ですが想像してみてください。温泉に入ってる最中にモヨオして湯船から慌てて出たら、自分の足が濡れているでしょう。
これだとスリッパを置いても置かなくても結果は同じなんです。スリッパが湿ってるか、床が湿ってるかの違いなんだな。乾いた部屋ではなく脱衣所ですから。湿ってたり、妙に生温かかったりするに違いない。
「床が濡れてるな?」
「このスリッパ、誰が履いたんだろう?」
誰かが出てきてすぐその後、自分が使用したら「アイツか」ってならないだろうか。突き詰めないまでもそうなると思う。

ビジネスホテルみたいに「消毒済」って巻いてある安いスリッパはどうだろうか。
履き放題大量に置くのはコスト的に厳しい。最初は自分だけ使用でも、そのうち何処かで誰かの使用済のを履くハメになるでしょう。
検討はしているのですが、ちょっと難しいので今現在は脱衣所のWCにスリッパは置いていません。

「WCから出た後で、足を洗えばいい」(ジャン妻)
それも一つの意見。
記念すべき?100番目のネタでした。
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船山温泉99の謎 99 船山温泉の将来はどうなるのか。 [船山温泉]

旅館経営道場http://ryokankeiei.blog114.fc2.com/blog-entry-45.htmlにこんな記事があった。
「当面の目標は稼働率を70%まで向上させる事です」
この記事は結構前の記事でね、当時から大分時間が経過しちゃってますが。
だが稼働70%ってキツイと思う。
今の室数12室で稼働率が70%、土日祭日はともかく平日はそこまでいかない日もある。冬場の1月2月なんか特にそう。
晴れた春の船山館.jpg新緑と215号室.jpg
T館長は先代から受け継いで大改装して、今のスタイルを確立させ、ハード面でやるべきことはやっちゃったのかもしれないが、船山温泉の今後、将来のことを考えてみた。
旅館経営道場には続いてこうあった。
「働率70%を3年連続実現する事ができれば、多店舗展開や別業界への進出を考えたいとの事でした」
飲食店でも開くのかな。
「それを実現するためには自分の右腕となるような人材の育成をしなければいけないと・・・」
宿の広告的な顔ならスタッフ全員が努力すればいい。だが経営的な片腕となると、女性はいつかは寿退社して家庭に入るので、24時間か、それに近い状態で船山館にずっといるわけにはいかない。
では誰か。候補者はいるのだろうか。
私は将来はあの女性しかいないと思っています。でもその女性とはこのUpの段階で話したことがない。今回は伏せます。
裏方にいる男性・・・なのかも知れない。T館長の片腕以上になって、船山を取り仕切るリーダーは誰だろうか。
朝陽の船山館1.jpg朝陽の船山館2.jpg
朝陽の船山館3.jpg朝陽の船山館4.jpg
私はT館長と、「もし、船山が旅館業を廃業したら」・・・という仮の・・・あくまで仮にですよ・・・について話をしたことがあります。
一つは彼自身が宿を継承しなかった場合、今はどうなってたかという想定。
形あるものはいつかはなくなる。芳泉荘のTさんや、橋倉鉱泉さんが廃業したのも一つの決断、やり方なので否定はできない。
T館長の口から発せられたのは「おそらく先代で終わっていたと思います」というものであった。

では今後はどうなるのか?
意外な答えが出てきた。
「○○○○」ってのもありですね。
私も「ああ、それもいいかもね」って納得した。
部屋数がそこそこあって、温泉もあって、厨房もあるんだからそれは可能なんです。ただ、全く異業種になるので、それが何なのかは伏せます。
朝の船山館1.jpg朝の船山館2.jpg
前述の旅館経営道場を見ると、T館長には多少のヤマっ気があるようで、飲食店だか何だかの別事業云々ってあったので気になった。
飲食店か。いいかも知れない。
ジビエ料理専門店?
甲州ワインビーフ直営店?
イワナ懐石レストラン?
猪ほうとう鍋とか。
ヤマっ気は失礼かな。この別事業云々は今すぐ具体的にどうこうではなく、現状維持に満足しないということにしておきましょう。気持ちの上で停滞しないということで。
対岸から朝の船山館1.jpg船山館南側から.jpg
その他に、T館長には学生時代から信州への憧憬が今でもあって、モデル旅館になった二つの宿(○のや 岩○○)もそうだが、T館長はスキーがやりたいらしいのだ。
休んで行けばいいって?
だが船山にいると無休に近く、宿を休んだって修理、補修の業者が来たりする。信州に何かを出店したら1日じゅうベッタリとはいかないけど、仕事の合間にスキー三昧は多少は叶うだろう。
そんなこんなで片腕以上の人材育成が急がれるところであるが、T館長が船山を離れる日はいつかやって来るような気がするのです。
T館長は心配顔の私にこう言いました。
「それも考えてはいますが今すぐにではないです。いますよ。大丈夫です。いますからここ(船山)に。。。」
船山温泉食事処、“なら”の取材はこうして終わったのです。

その夜、T館長との雑談は、プライベートなことも含めて22時に及んだ。
その翌年にあの震災があり、台風の増水や地滑りがあり、セミバイキングが導入され、スタッフの入れ替わりもあって今日に至っている。
船山館2011.3.19-3.jpg船山館2011.3.19-4.jpg
私は船山温泉は、新スタッフの理念徹底以外、ある程度は完成されたと思っているが、現状に甘んじることなく、老舗に甘んじることなく、終わりの無い旅は今後も続いていくのだろう。
私がこの宿を知った師匠、番頭さん(ikitai.net)に、「宿を知り過ぎると寛げなくなりますよ」って言われたけど、もうここまで来ちゃったし。
見慣れた船山館1.jpg見慣れた船山館2.jpg
私はまだまだ現役ですが、生涯最後の旅館を二つ選べるとしたら、一つは船山温泉のデカい正面玄関の扉を開けるでしょう。
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船山温泉99の謎 98 T館長のジレンマと、将来の値上げはあるのか? [船山温泉]

晩秋早朝の船山館.jpg雨上がりの朝の船山館1.jpg
豪雨の船山館.jpg日が暮れて豪雨の船山館.jpg
2010年11月某日、個室料亭“なら”で取材したメモもようやく終盤に向かいます。今回のタイトル、T館長が抱えてるジレンマって何だろうか。
こんな事を聞いたことがある。
「何千メートルもボーリングすれば可能かも知れないですが・・・」
何のことかおわかりですね。船山温泉は正直言いまして温泉の魅力は弱い。湯に拘るコアな温泉フリークには物足りない部分もあるだろう。
だから脱旅館を掲げている。顧客のニーズに極力対応しようとする。湯以外のもので感動を提供しようとしている。だが・・・
「やはり源泉かけながしの宿って強いんですよ・・・」
なんだそうです。
「結局最後には源泉かけ流しの宿に帰ってしまうんです・・・」
これって別に誰か特定の方のことを言ってるワケじゃありませんので誤解のないようにお願いします。(^^;;;
「だから会津の蕎麦宿は強いんです」みたいな話も出たように思う。

日本は火山国だから、莫大な費用をかけて深くボーリングすれば、船山だって源泉かけ流しは可能かも知れないが、そうなったらどうなるか。
館内、敷地内、硫黄臭がプンプンするだろう。(それは私的には困るけど)
私的な感情は置いといて、その工事資金は宿泊客に跳ね返ってくるに決まっている。

「後はもう、部屋に露天をつけるか、離れを作るか・・・」
そういうのが可能なのだろうか。この辺りの取材メモを見たら、“ウッドデッキ”って書いてあった。何の意味か自分でも忘れちゃったが、ウッドデッキテラスの離れを作るか、2階各部屋の外に、伊豆の「さらの木」みたいにウッドデッキテラスを伸ばしてそこに露天を置くかみたいな仮定の話じゃなかったかと。
あくまで仮の話ですよ。

増収を考えてみようか。
値上げじゃないですよ。現在12室。それ以上の増床、増室は可能だろうか。
土地はある。裏手の広場である。
だが動線が長くなり、スタッフを増やさざるを得ず、結局は今の宿泊料金を維持できなくなるかも。
難しいですね。

外観や器の部分は現状維持にするにせよ、私は貸切湯、“二人静”の浴槽の改装を勧めています。丸い湯船の淵がギザギザになっていて座るとケツに喰い込むんだな。
ここの改装となると何日か休業しないとならないそうです。それと工事費が案外バカにならない。水回りの工事って高いものなんです。宿泊料金に跳ね上がるかもしれない。
(平成24年7月28日時点でこの件は解決済みです。詳細は後日。。。)
朝の船山館2.jpg対岸から朝の船山館1.jpg
朝の船山館1.jpgはて?いつの船山館だったか・・・.jpg
今回はアタマの痛いネタばかりだが、加えて消費税10%の問題がある。
これは今後の重要課題で避けては通れない。だが5%→10%ってバカにならないですよ。大打撃です。宿泊料金は今のままを維持して欲しいが、消費税が10%上がった分をどうするかでアタマが痛いT館長ではある。5%が10%になって、船山の本質とは関係ない部分で客数や収入が減る懸念もあるからです。人間って消費を抑えようとしたら、そういう娯楽や趣味、嗜好の部分を削減するしかないからね。
それ以外に原油価格の変動も痛いし、電気料金の値上げも影響は大きい。(船山は東電ではなく確か中部電力)
それでもT館長は、今の価格を維持したいそうです。それと、年間365日料金均一を崩すつもりもサラサラないようです。それは全く意味がないとか。
オレンジの灯の船山館1.jpgオレンジの灯の船山館2.jpg
オレンジの灯の船山館3.jpgオレンジの灯の船山館4.jpg今ここで、値上げは絶対ないとは言えないです。値上がってもそれに満足する、納得するものを強化、提供するしかないかも知れない。
それには、船山はお湯は強いとはいえないと思うので、脱旅館を掲げてお湯以外の部分を強くするしかないのである。では船山温泉の将来はどうなっていくのだろうか。
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船山温泉99の謎 97.中部横断自動車道はいつ開通するのか? [船山温泉]

2010.01時の説明版.jpg渓流部2Km、平坦部3Km、計5Kmの富士川ミニ支流のクセに、過去に数回大暴れした前科があるせいで一級河川の船山川は、船山温泉を出てから下流に向かって平坦部3km間に7つの橋がある。
富士見橋
月見橋
向田橋
猿田橋
新船山川橋(国道52号)
御崎橋
船山川橋(送迎カーが走る)

近年、8つめの橋が架けられようとしている。
この橋の完成により将来的には船山温泉へ行くルートが短縮されます。
架橋現場は52号線で船山川橋北詰交差点を曲がって船山温泉に行く際、曲がってすぐの区画です。今は工事中なので、船山温泉に向かうにはΩを右に倒した形で迂回しなくちゃならない。その辺りにデカい橋脚、橋梁が鎮座しています。
この橋は地元住民が対岸から対岸までヒョイと渡る生活用の橋ではないです。
中部横断自動車道です。
中部横断自動車道予定図.jpg中部横断自動車道の起点は静岡市新清水JCTで第二東名高速と接続予定、終点は上信越自動車道の佐久JCT。全長は136km。
現在、中央高速双葉JCT-増穂ICが暫定開通している。
増穂から船山温泉までは、52号線(身延街道)で1時間かかる。

南部町役場から取り寄せた資料によると、未開通区間の富沢IC~南部IC~六号IC(JR身延線甲斐岩間駅付近)28.3kmのうち、3/4に当たる21kmは暫定2車線対面通行だという。
同区間トンネルは19本と多い。橋梁も40箇所。
無料化社会実験の対象区間に指定され、新直轄事業方式ということもあって完成後にはもしかしたら無料開放される可能性もある。

開通予定年を年度順追ってみた。
部分部分バラバラに暫時開通するようです。
まず信州方面から。
佐久JCT~佐久南ICが2010年開通予定だったが間に合わなかったようですね。
佐久南IC~八千穂ICが2015年開通予定だが、そこから中央道長坂ICまでは未だ計画段階らしい。
前述の既に開通している中央道双葉JCT~増穂ICから更に南下して、六郷IC(市川大門町)までが2018年に開通予定。
次に東海方面から。
新東名の新清水JCT~富沢ICまでは2017年開通予定で、船山近郊の富沢IC~南部ICと、南部IC~身延山IIC~身延IC~六郷IC~は2016年完成予定です。
間に合うだろうか。
既に船山川を渡る橋は架橋されつつある。船山川橋だけ完成しても渡れないし意味ないが、全通すれば信州方面、東海方面から来る方々はかなり楽になるは必定。
ここまでできている.jpg船山川の畔、工事現場に立ってみると、橋梁そのものは相当な厚さ、巨大で威圧感の塊。あっという間に船山川を渡ってしまうであろう。
長閑なこの辺りにデンとゴツい橋脚、橋桁がそびえ建つのは無粋で景観が損なわれる気もするが、雨量規制区間が6箇所もある52号線の通過車両の転換、生活道路への機能回復、甲府市内への救急医療施設への搬送1時間実現etcの理由が大きい。
身延街道は1時間に数10ミリの豪雨だと規制されて走れなくなる。前回の訪問時、T館長は階段からスッ転んで足を骨折、肩もヤマいったが、大雨になって通行止めになったら救急病院に搬送されないのです。大変。
船山架橋工事現場1.jpg中野方面の橋台.jpg
好きにしなよ.jpgでは南部ICは何処に出来るのだろうか。
以前、南部町役場企画課のOさんという方から資料が届き、「中部横断自動車道の南部ICは南部町中野というところに出来る予定です」とありました。
南部町中野とは何処かというと、船山温泉から52号線を北上、南部高架橋を渡り、「南部路」という飲食店があって(船山で連泊すると事前予約制で昼に仕出弁当が出前される店)、この辺りが既に中野地区で、その先に突然、
「君は太平洋を見たか」
「僕は日本海を見たい」
の看板が建っている。

私は「見りゃぁいいじゃないか」とひとごとのように思う。
まるで駿河今川家と越後長尾家の願望を甲斐武田家が代弁しているようなコピーではないの。要はこの公共事業の必要性を訴えているワケですよ。民主党政権になった時も凍結にはならなかったようだし。
この”太平洋も日本海も見たい”の看板の辺りにダダッ広い工事現場があって、そこが南部IC予定地です。船山川橋北詰交差点までほんの2~3分もかからないと思う。
併設してSAかPAが出来るのかどうかはわからない。
南部IC工事現場1.jpg南部IC工事現場1ズーム.jpg
南部IC工事現場2.jpg南部IC工事現場2ズーム.jpg
建設ルート.jpgこの工事現場から先、中野地区を過ぎたらもう身延町だが、
ちょっと動線がオカシイ??
中央道で双葉JCT~増穂ICを快走したら、甲斐盆地を流れる笛吹川と釜無川が進行方向左手で合流して富士川になる。
増穂ICから先は52号線(身延街道)を快走すると左手に富士川が流れているのだが、南部町の工事予定図を見ると、中部横断自動車道の増穂ICから先の工事予定区間は、左手に流れる富士川を渡って対岸の山々を通るルートになっている。



建設ルートの怪?.jpg身延山IC記事.jpg
その後、富士川を右手に見ながら走り、甲斐大島を過ぎて、もう一度富士川を渡って船山側にやって来て南部ICにつながります。
何故わざわざ二回も富士川を渡るのだろうか。

以下は邪推。
用地買収や工事技術、地盤の問題もあるだろうが、富士川を渡らないとそのまま身延山のドテっ腹に行き当たる。そこにトンネルなんぞを掘ったらどーなる?
身延山久遠時一帯の霊域への冒涜と見られかねないからではないか。だから対岸に迂回したんだと思う。

ところがまだ疑問がある。
身延ICは“身延”と冠を戴いているが、実際はJR身延線の下部温泉駅と波高島駅の間に予定されている。厳密には身延ではないのです。
それでいて、下部温泉付近に身延ICとしたのはどういう理由なのか。
そしたら最近の新聞記事に、身延山の対岸に、身延ICとは別に身延山ICが認可された。身延ICと南部IC間が13kmとかなり離れているので、中間地点に設置するのはわかる。でも随分と霊峰身延山に気を遣っている感もある。

まぁ穿った見方はこれくらいにして、実は2012年4月1日から、山梨交通と京王バスが強力して、新宿⇔身延山の中央高速バス「身延-新宿」線が1日6往復に増便された。
東京~身延山連絡バス.jpg
T館長が言うには、これによって船山温泉の送迎バスルートも対応を検討しているとのこと。もう送迎運行に入ったかも知れない。

富沢IC予定地にはとある城塞が眠っている。
富沢ICの建設予定地、ルート図面上、ICのマーキングの横に、「眞篠」ってあるのが見えるのだが、この辺りにはマニアには有名な「眞篠城」という城塞がある。5本か6本の畝の竪堀があるので有名なのです。
私は数年前に訪城しようとしたら地元のオッさんに、「ヤマビルが出るから今は止めときなさい」と言われたので下山した。
車中でジャン妻と、「ヤマビルがぁ出ましたぁ!!」引退した船山スタッフCさんの口真似をしながら引き上げた。
それ以降は訪城していません。この城塞の詳細はこういった「土の城」のHPで幾つか取り上げているのでそちらを見て下さい。
この辺りに富沢ICが出来るのは間違いなさそうです。もしかしたら山ごとなくなったりしないだろうか。中部横断自動車道は将来、船山に行くのに相当便利になるのは間違いないし喜ばしいが、土木工事は大かれ小さかれ破壊を伴うので消えて行く自然のものもあるかも知れない。この掲示板を「土の城」のHP関係者が見たら是非警鐘を鳴らしてみて下さい。
眞篠の城山.jpg眞篠の大手.jpg
私はこれまで、東名富士川SAで降りて52号線(身延街道)を北上してたので、多分往路は走行しないだろうなと思ってたら、先日、新東名を利用して、ハイブリッドカープリウスを罵りながら新清水で降りて52号線を北上した。近い将来は52号線に降りないで、南部ICまで北上できるようになります。誘致誘致。。。
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船山温泉99の謎 96.船山川に人工の石垣の堰? [船山温泉]

昨年9月21日~速度の遅い雨台風15号は、河川敷と大森山系に挟まれた船山温泉に様々な被害をもたらした。年が明けた今でもその傷痕は生々しい。
その時の記事→http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-12-25-4
いつかは草が生え、瑞々しさが戻るとは思うけど、河川敷を散策していたらこんなのがあった。
石垣1.jpg石垣2.jpg
自然にできたものではない。
白い岩は粘板岩、擬灰岩かと思います。上流部は崩壊し易い地盤なのだ。
前に99の謎61で「川原にある謎の落し物」http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-05-04-1で触れた大岩を基に石垣で堰き止めてあった。
大岩の辺り.jpg石垣3.jpg
自然のものではない。どうも重機で大岩を積んだようです。池、プールみたいになってる。
せき止め池3.jpgせき止め岩の上から.jpg
石垣3.jpg簡易ダム・・・ともいえないが、この石垣の堰は誰が作ったのだろうか?
河川敷を管理するお役所の仕事だろうか。河川管理者は一級河川だと国土交通大臣(国交省)で、二級河川だと都道府県知事だったと思う。明治~昭和初期に4回も大氾濫を起こした船山川も一級河川なので、国交省が管理してるハズだが。。。
目的は何だろうか?
水量調節?
岩魚の稚魚を泳がす?
蛍の育成?

考えてもアホらしいのでT館長に訊いてみた。
「これって何が目的で堰き止めたの?」
「田んぼに水を入れる為に作ったようです」
どうもT館長や先代が作ったのではないらしい。船山近隣に田んぼなんかあったかな。吸い上げて何処かの田んぼに散水するのだろうか。
ブルーウオーター.jpg意外と広い.jpg
これは一昨年の晩秋か冬の写真だが、船山川の向こう側の山に、名も無い小さな滝と、船山川の流れとは別に作られた人工的な水路があるのがわかりますか?
小滝と石積みの水路.jpg石積みの水路.jpg
この水路は「田んぼに水を流す為のもの」(T館長)だというのを聞いたことがある。水路は小滝の辺りは石積みだが、苔むしたコンクリートの排水溝みたいになって船山館の近く、蛍が飛ぶ辺りまで延びていたと思う。
おそらく昨年の大水、地滑りでその水路が破壊されたか、水系に支障が生じたので、船山川を簡易的に堰き止めて水を溜め、水を田んぼに引き、今年の田植えに備えているのではないだろうか。

おまけに。。。
大森山の山肌に地滑りの跡が見えた。
えぐられて木々が倒れている。
大森山の崩れ1.jpg大森山の崩れ2.jpg
これも昨年台風15号の影響だが、T館長はこの地滑り、崩壊する瞬間を目撃したという。
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船山温泉99の謎 95.船山温泉の源泉は何処にある? [船山温泉]

以前、謎83と84で、船山川上流部にある源泉を2箇所探索した。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-12-25
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-12-25-1
この源泉は自然界に存在する温泉なんだけど、その源泉を使用して商売その他、施設がない状態の場所です。2箇所とも川に浸った大岩から染み出ていた。
湧き出てはいないです。染み出ていた程度。
処理済~巨大な堰堤.jpg堰堤を見上げる.jpg
源泉チェックする武井さん.jpg堰堤の脇に.jpg
この白いのが源泉.jpgこの白いのも源泉.jpg
岩からにじみ出ている1.jpg岩からにじみ出ている3.jpg
自然界の温泉は、岩から染み出てたり川底から湧き出てたり、湖底や磯から湧き出ている。自然のままだから湯船なんかない。入るならスコップで掘ったりして自然の湯船を作んなきゃなんない。川だったら大石で囲むとか。
(源泉の成分によっては命に関わる。)
謎83は堰堤の下、84のは自然の滝つぼ脇の大岩から源泉が染み出ていた。源泉の量が多く高温であれば滝つぼそのものが湯船になるかもしれない。川や滝の水で温度調整が可能だろう。
滝だぁ.jpg滝つぼの脇に.jpg
源泉の水たまり1.jpg源泉の水たまり2.jpg
これら自然の源泉を野湯(のゆ、やとう)というそうです。ヒマにも上流2箇所、野湯を探検をしたのだが、一つド忘れしていた。
船山温泉館の源泉は何処にあるのだろうか。
源泉部.jpg船山館は巨大な岩盤の上にあるという。
T館長はご分家らしいのだが、その初代の方が、明治時代後半に、この地に隠居がてら移り住んで、「岩盤から温泉が染み出ていることに気付かず住んだのではないかと思われます」(T館長)
船山川も船山温泉も、草津や蔵王や湖山荘みたいにジャバジャバモウモウ噴き出てるのではなく、岩盤から硫化水素が染み出ているタイプ。
臭いは弱い。臭いが強烈だったら私はハマらなかったと思う。
源泉温度も低いので鉱泉というか冷泉といっていい。その源泉だが、
「源泉って何処にあるの?」
「裏にありますよ」
船山館の裏手にポンプ室のようなものがある。
関係者以外は立ち入り禁止です。その辺りからどうにかして源泉を汲み上げているらしいが詳しいメカニズムはわからん。
そのポンプ室?山側の岩盤に、確かにしみ出した硫黄分?硫化水素とおぼしき白の結晶が。。。
「これって・・・?」
「前に上流部で見たものと同じですよ」
ポンプ室.jpg硫化水素のシミ?1.jpg
硫化水素のシミ?2.jpg硫化水素のシミ?3.jpg
T館長はこんなことを言っていた。
「何千メートルもボーリングすれば可能かもしれませんが・・・」
何が可能なのか。T館長のジレンマはここにあるのだがそれは項を改めます。あっ、別に99カウントを稼ごうってんじゃないですからねっ。
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船山温泉99の謎 94.船山温泉はどこまで対応するのか [船山温泉]

船山温泉HP、船山からのお知らせで、昨年、震災後、2011.3.25の記事にこうあった。
~お客様よりご要望~
『福島県を中心に大変なことになっております。
本日、お客様より「お水を分けて欲しい」とのお話をいただきました。
当館のお水は自家水を使用しておりますので安全です。
当館ご利用のお客様はどうぞご自由に「お水」をお持ち帰りくださいませ。
尚、容器のご用意はございませんのでご持参くださいませ。』
要望1.jpg
自家水とは船山川か、大森山水系から採った自然水を自家浄化槽に通してるのかと思われますがその辺りは不明です。いつか「船山温泉の自家水道水なのか?」っていうネタにするかもしれない。

その後、4月のいつだったか、こんなのまであった。
~お客様よりご要望~
『先日、お客様から「洗車をしたいんだけど」というご意見をいただきました。
そこで当館では洗車コーナーを設置することと決めました。
正直、そんな立派なものはできませんが、とりあえず水道とホースがあればできますのですぐに設置いたします。
ご希望のお客様はフロントへ一声かけてくださいませ。
尚、洗車道具一式はご用意しておりませんのでどうかお持ちくださいませ。』
要望2.jpg
これには驚いたね。
今日まで自分の手で洗車したことなんか一度もない私だが(一度くらいあったかも)船山の敷地内の何処で洗車をするんだろうか。洗車してる人なんか見たことないけど。
宿で洗車ねぇ。
そこまでするかい。T館長に訊いてみた。何でそこまで対応するの?
「ウチはYesかNoかなんです。できると思いますってのは×で、できるかできないだけです。自分は結果しか見ませんからできないものはやりませんよ。でも、できるものはやります」
「スタッフ目線だといいものは生まれないんです。お客目線でないと。それと、仕方ないじゃんってのはお客さんに言えないでしょ。私は原因を究明、改善策を出させます」
「海のものを出すとか、コンパニオンとか、食事時間の変更とかはできないですよ。でも対応できる部分は対応して、HPでアピールするんです」
熱く語っておられました。洗車の要望も、T館長にとってそれは格好の宿アピールなのだ。
DVD.jpgTV.jpg
昨年6月から館内でレンタルDVDを始めた。
レパートリーは多くは無いが、これも要望に応えたもの。導入した理由を聞いてみたら、
「13時チェックインで翌11時チェックアウト、最長22時間も滞在するわけで、そうなると飽きてくるんですよ」
TVがあるじゃんか。
「この辺り(南部町)はいいTVが放映されてないんですよねぇ」
そうなのか。私は船山でTVを観たのは一度しかない。震災から1週間後の連泊時だけです。この時は祈るような気持ちで原発関連の報道を見てた。
DVDも借りたことない。今後も多分借りないと思う。でも、あっていいと思います。

こんな悩みも。
「DVDも機種も、すぐ次の商品が出ちゃうんですよね」
なので電気コストが案外高いそうです。。
「前に図書室があったらって仰ってましたよね。DVDもそうですが、貸し出すものって管理が結構、大変なんですよね」

他にもエントランスの無料コーヒーや2階のお茶とかや、近年のセミバイキングモーニングも客の要望に応えたものです。
「脱旅館を目指すからには他でやってないことが必要なんです。もともと検討して実践するのが好きなので」(T館長)
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