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船山史家呟き終了の辞 [船山温泉]

拝啓、船山温泉どの。。。
T館長、Mさん、Nさん他スタッフの皆さん、お元気でしょうか。
7月末に、会津蕎麦宿とハシゴして以来だから、私にしては随分と間が空いてしまいました。その間、寿退社された方もいるかな~。
新しい“あの女性”はもう慣れたかな~。
朝の船山館2.jpg対岸から朝の船山館1.jpg
もともとは貴館の応援Blogだったハズですが、すっかり居酒屋や上州のグルメBlogになってしまった感があります。
でもこのBlogの冠たる船山温泉さんを忘れたワケじゃござんせん。
だって私、貴館に操をたてるべく、義理を通すべく、こっちでは温泉旅館全く行ってないですから。でもそんなことしてもT館長は嬉しくも何ともないかもな。
せっかくだから行けばいいのにというお声の方が多いですけどね。

7月末の船山~湯神ハシゴで、一旦は燃え尽きちゃったのもあるんですな。その後はこっち(上州)のグルメや人情ドラマにハマっちゃってます。こっちの記事が、旅館経営の何かお役に立ってれば嬉しいのですが。
ラスト23時7分.jpg
このBlog、マンタンになりまして続編に移行しますが、その続編も貴館の屋号をお借りしております。
だったら船山の記事を載せろと仰せでしょうか。
99の謎も101で一旦は打ち止めになってますからね。102が果たしてあるかどうか。
朝の船山館1.jpgはて?いつの船山館だったか・・・.jpg
冬場に船山温泉が営業的に苦しいのはな~んとなく存じております。またヨロシクお願いしますと思ったので、予約入れました。

さて、この記事で、Blogの容量がマンタンになってきたぞ。
案外と早かったな。毎日更新してたら2年ちょっとしかもたなかったですね。
昔はショート記事が多かったから、続編に移行しても今のペースだったら2年もたないかも知れない。2年先まで毎日更新できるかはわからないですが。

特に仰々しい終了宣言ではありません。
メンテナンス用に数MB残してサラッと続編に移行します。船山史家の呟きⅡです。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/
リンクしてる方々もそのまんま引っ張って行くつもりですので。
まだまだ続けます。皆様ヨロシク~。
オフ会名札.jpg名刺.jpg
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上信電鉄(旧上野鉄道)鬼ヶ沢橋梁 [廃線跡]

12月14日の今日は討ち入りに合わせて「大野九郎兵衛は生きていた」を予定していたのですが、第三者資料の裏付けがどうしても取れなかったので、一旦見送り、急遽この記事に差し替えました。

ローカル線で行く秘湯.jpg上信電鉄の頁.jpg
ジャン実家にこんな本があった。ローカル線で行く秘湯。。。
私が今いる上州の頁は、山間部を走る3両編成の上信電鉄(現在は2輛両でマンガ塗装)下仁田駅で下車して徒歩20分、猪鹿雉料理の「清流荘」が載っていた。私は「清流荘」を見にいったけど利用してません。

上州電鉄は揺れる。
何でだろう。車両が古いのだろうか。何かの挑戦バラエティ番組で揺れる電車として紹介され、出演者が車内の定位置にずっと立ってられるか否かを挑戦したが、千平~終点下仁田駅で急カーブの揺れに耐えられず全員が脱落したそうです。
廃鉄橋?.jpg私は山名駅周辺のカーブで振り倒されそうになったことがある。山名駅から先は国道と並行して平野部をほとんど真っ直ぐ走るのだが、この写真を見ると山間部を走っている。
終点、下仁田駅から出た電車が、千平駅に向かっている途中、山間部の急カーブで大谷川(鏑川の支流)という川を渡っている写真です。
急カーブを走る電車の右後方に、木々に隠れて、赤茶色のガーダー橋のようなもの、石積みの橋台、小屋が見えるのがおわかりでしょうか。
気になった。旧線ではないか。
写真の現在の線路は付け替えたものではないだろうか。
スピードUpや、車輛が長くなったことにより、カーブを緩和するために旧線を新線に付け替えるケースは全国にある。その際、旧線は撤去され放棄され、年月とともに自然に還っていくのだが、このガーダー橋梁は何故、残っているのだろうか。
今でもあるのだろうか。

上信電鉄の前身は上野鉄道という。
軽便だった。軌道幅が狭かった。
明治30年、富岡や下仁田の繭、生糸、蚕種等輸送のために建設された。生糸、木炭、石灰、砥石、鉄鉱石が高崎へ運ばれ、肥料、日用品、繭、石炭が高崎から富岡、下仁田へ運ばれた。世界遺産申請中の富岡製糸場を中心とした養蚕事業の物流だったのです。
株主には養蚕関係者が多く、南蛇井駅~下仁田駅間で山間部を走ってるのは、開業当時の株主だった地元の養蚕農家への排煙を配慮した為なのです。

この橋梁らしきものは旧鬼ヶ沢橋梁といって、軽便時代の上野鉄道の旧橋梁だという。
いろいろ調べてみたら、この橋梁を紹介したサイトはある。だが下仁田町のHP他には、危険箇所があるため“見学不適”とあった。“見学困難”とも。
でも私の前の上司が言っていた。「困難は可能なんだ」って。もっともそれは仕事の場合だが、私の血は騒いだ。夏場は草ぼうぼうの藪だろうと推定し、晩秋、初冬を待ってでかけた。

そこへ至る道ですが、道の駅下仁田を過ぎてすぐの細い道を右折し、ネギ畑にある細い農道を走ります。突き当りを右折、鏑川を渡って千平駅方面へ向かい、上信電鉄の踏切を左折で渡る。
踏切1.jpg踏切2.jpg
その先、県道195南蛇井下仁田線というのがあった。
「大型車道路幅狭少通行不能群馬県」・・・
如何にも細く狭い予告編ではないか。この道はヒジョーに狭く、大型車はおろか、普通車、一般車でも難しいと思う。
悪路への誘い.jpgここに来るまでの細い道.jpg
停める場所があるだろうか。
道の駅下仁田に停めて徒歩で行こうかと思ったのだが、そこで思いついたのは、目指す橋梁は現在、東電の鉄塔への管理通路になっているそうです。
それなら東電の作業員さんが徒歩で来るってこたぁなかろう。軽トラか何かの作業車を停め、資材も一時的に置けるスペースが道路脇にあるのではないか。

幸い、私のくるまは小さい。
それでも対向車が来たらすれ違いがヒジョーに困難な道だった。
切り通しを抜け、左手に視界が開け、下仁田方面の山々が望めるそこに停めるスペースがあり、資材らしきものが置かれていたのでそこに停める。おそらく東電さんもここに停めてるんだと思う。
処理済~停車スペース.jpgちょっと先に.jpg
その少し先に朽ちた札があって、消えかかってる文字で、赤津、上野鉄道大谷川鉄橋200mとあった。これだな。
朽ちた行先表示.jpg枯葉の道.jpg
枯草、枯葉が積もった坂を下りて行くと、“見学不適”とある。
見学不適?.jpg下っていく.jpg
更に荒れた下り坂を降りていくと大谷川のせせらぎの音が聞こえて来る。左手に上信電鉄現在線の鉄橋と鉄路が見えてくる。
現在線が左に、その先には・・・.jpg現在線の鉄橋.jpg
仮設通路の前方に、あったあった橋梁が。
その先にあるもの.jpg立ち入り禁止.jpg
この辺りから上野鉄道の旧線跡、廃線跡。橋梁に向かって歩いて行く。
橋のタモトに.jpg説明版.jpg
古写真.jpg当時の機関車.jpg
橋梁のたもとにあった古写真を見ると難所だったようです。大谷川の壁を削って桟道のように敷設していた。
現在の上信電鉄は曲線改良(急カーブ緩和)を図ったのではないだろうか。電化によるスピードアップか、車両が長くなったか。

渡っちゃいけないけど、渡らずばなるまいて。南無八幡台菩薩・・・と念じながら渡って見た。読者の皆様は絶対にお止めくださいね。
110年前の鉄橋.jpg渡ってみる.jpg
左の谷底.jpg右の谷底.jpg
橋梁上から下を見ると、結構、高い感じ。橋の幅が狭いから余計にそう感じる。
全長10m
川底から10.7m
幅は訳1mあるかどうか。ナローの幅だから鉄路の軌道幅は762mmではないだろうか。
下仁田側から1.jpg下仁田側から2.jpg
115年前の鉄桁は溶接ではなくリベットで固定したものだった。断面はIがIつ並んだような感じで、そのIをフランジのような別の鉄板で上下を固定してボックス型に近い形状にするもの。
橋脚は煉瓦と切石みたいですね。サイドの石垣は後年のコンクリート補強と思われます。
下仁田側から近寄ってみる.jpg小屋と下仁田方面.jpg
朽ちかけて今にも倒壊しそうな小屋は保線施設の跡だろうか。
その側に現在線のカーブが寄り添っている。
下仁田方面.jpg千平方面.jpg
渡ったからには戻らなくちゃならない。
一径間の橋梁なので多少は揺れますよ。
戻る~右の谷底.jpg戻る~左の谷底.jpg
上信電鉄の前身、上野鉄道が下仁田まで全通したのは明治30年(1897年)です。
大正10年(1921年)に上信電鉄に改名され、軌道幅が現在の1067mmに改軌され、電化されたのは大正13年(1924年)、この時に現在線へ付け替えられたのだと思う。
115年前の橋梁が残ったのは、現在は東京の鉄塔への管理用通路になっていのもあるが、本来の役目を終えてからも、千平集落と、先ほどの朽ちた板にあった赤津の集落を結ぶ道として使われていたとか。だから保存状態がいいのだと思う。
戻って振り返る.jpgこの橋梁を訪れるのは最初で最後と思いますが、自己責任の範疇なら見学は可能ですが、渡るのは絶対にお止めください。強風に煽られたら命の保証はありません。
晩秋から冬場の方がよろしい。草は枯れ、刈り払いもされていて最低限の管理はされているように感じた。
将来、下仁田町が整備するかも知れない。






この先、上信電鉄は蛇がのたくるような急カーブを描いて山間部を進んでいく。
下仁田町で254線やまびこ街道と接する辺りに白山という地があり、そこにあるトンネルも上野鉄道時代のものだというが確認していません。
最寄駅、千平駅です。
終点、下仁田駅は一つ先。
千平駅1.jpg千平駅2.jpg
上信電鉄の上は上野国、信は信濃国のこと。下仁田から先の山々をブチ抜いて、信州佐久平に至る夢は果たせなかった。
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「ウ、ウルサイな」 [人間ドラマ]

新卒で入社して10年、嫁に行かず、もう何年の管理職待遇?リーダー長になっちゃった女性がいる。
本人にしては不本意ながら、会社と結婚したみたいに言われてる。
数年前その子に言ったのは、
「酔っぱらった時、○○(ジャン妻と)に、アイツ(その女性)俺らの養女にしちゃおうぜって話したんだよ。そしたら○○のヤツ、そんなことしたって彼女になんのメリットもないよって却下された」
今思えば何でそんなクサい話をしたのか。だが当人はケラケラ笑いだした。
嫌がるかと思うとそうでもなく、俺らをバックにつけたと思って変な自信もついたようです。依怙贔屓ととられかねないからヤバイかなとも思ったが、何かあると必ず俺らに相談にきた。

俺らがこっちに転勤する時、「俺は君のことはそんなには心配してないから」って言った。
そしたらやや色をなし、「アタシは会社ではアナタの娘でしょう?娘たるアタシの事は心配しないのか」ってくってかかってきた。

成長ぶりを信頼して後を託したつもりだったんだけど、
その子は娘ったって俺らとは15歳くらいしか差が無いんだけどね。

今でも東京の情報を流してくれる。
「もしもぉし」
「どうしたん?」
「Kumakoさん第1子、産まれたよぉ~、写真来たぁ~?」
Kumakoとはhttp://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-11-15-2に載せたお菓子ばっかり喰ってる子。
「そういえば来てたな。写メ付きで」
「返信した?」
「してない。写メも見てない。俺にガキの写真なんか送るんじゃねぇって言っといた」
「そのヒドイ台詞前も聞いたよ。でも写真見なさいっ。返信もっ。」
「めんどくせぇなぁ。よそさまのガキなんか見たってつまんねーし。なんて返信すりゃいいんだ。犬でも猿でも豚でもヘビでも・・・ヤモリでも・・・生まれたばかりは可愛いもんだって返信すればいいんか?」
「またそーいうことを。ちゃんと返信しなさいっ」
「わかりましたよ。他には誰か産まれたヤツいたか?」
「Mさんも産まれたって。」
「ああ、Mね。これで予定者は一掃されたな。まさか他に誰かいたっけ?」
「う~ん、確か、■■店のTさんが懐妊したって。」
「Tが?ドイツもコイツもヒマなんか。」
「・・・」
人員不足なのに産休育休ラッシュが続いていて、その人たちにしてみりゃいい会社になったモンである。
処理済~部下とジャン妻.jpgこの部下と藤沢の「昇」で会食した。
前にみみんさん、ポルポさんが座った席に部下が座っている。俺とジャン妻で挟み込むような感じになってる。
「お料理美味しぃねぇ~」って。オーダーする料理は殆ど同じなので写真には収めてません。載せてるのは過去写真です。
「肉じゃがの塩味ぃ?」(そろそろ冬の味噌味バージョンになってる頃)
「これって何ぃ?ジャガイモと・・・?」 (ジャガセロリです)
「レンコンのピザぁ!!」
美味しいものを食べ慣れた子なのに、この店の料理にはイチイチ驚嘆してましたね。
蓮根ピザ.jpgジャガセロリきんぴら.jpg
塩肉ジャガ.jpgカツオ塩たたき.jpg
下写真の美容鍋は、要は牛筋肉の煮込みなんだけど、コラーゲン~っぷり。
「これ喰うと若返るぞ。」
「ウルサイな。。。向こうでもそんなことばっかり言ってるの?」
美容鍋.jpg親子丼.jpg
「まだ結婚せんのか?」
「ウ、ウルサイな」
フツー、社内で、女性に対してこういうのは下手したら問題になりかねない。でもそういう心配は全く要らないのだ。
新卒で入って10数年、会社や仲間の為に尽くしてくれた。そろそろ自分の幸せを考えてもいいんじゃないのか?って思う時がある。
「前に言ったよなぁ。俺らがこっちにいる間に嫁に行っていいって。その間だけだぞ。俺らが戻ったら嫁にいかさんからな」
「ウ、ウルサイな」[あせあせ(飛び散る汗)]
ジト~っと睨む。

「〇〇ちゃん(娘?その子のこと)、なんで結婚しないのかな。いい子なのに」(ジャン妻)
「相手がいないからだろ」
「・・・」(横目で睨むジャン妻)
類は同類を呼ぶというか、そういう女性社員の集いみたいな社内一派があって、いろいろあって辞めるに辞められなくなった連中。(辞めるタイミングを失った?) 飲んだりお茶したり小旅行したりしてる。(※)
そこでイロイロ社の不満が出て宥めたり励ましたり、ガス抜きにはなっているらしい。

この子の店に、上州かかあ天下うどんの土産を持ってった。
「うどん喰った?」
「食べたぁ」
「早くかかあ天下になれ。なる資質はあるんだから」
「ウ、ウルサイな」[あせあせ(飛び散る汗)]

その子(娘)とその子の一派がジャン妻を温泉に誘ってくれた。(私は辞退しました。)
凄い老舗旅館だったそうです。
「写メ送ってくれ」
「えぇ~、古い建物なんでしょ。お化け出そうだから撮るのヤダ」(ジャン妻)

ジャン妻から送って来たのはこんな写真。
処理済~○○旅館.jpg目の前でオムレツ.jpg
晩御飯.jpg朝ごはん.jpg
「もうちょっといい写真はないのか」
「ないよ」
「ヘタクソめ。温泉Bloggerの妻とは思えん」
ジャン妻は、「何処が温泉Bloggerよ」という目つきである。居酒屋、グルメBloggerになっちゃったクセにと言わんばかりである。

宿では深更まで変な盛り上がり方をしたそうです。俺らが春に帰還する話も出て連中はホッとしたとか。
「帰還したらもう嫁には出さないぞ。あと4か月、それまでに何とかしろ」
「ウ、ウルサイな」[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]
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某居酒屋 頑張るギャルたち [居酒屋]

処理済~某居酒屋.jpg敢えてボカします。
駅前大通りにあるからご存じの方も多いでしょう。
私の好みの店じゃないです。一人客向きの店ではなくグループ向け。軽いノリで社内4人の男性で行った。
店の名称からして男っぽい硬派の店かと思ってたら、スタッフは黒いTシャツを来たギャルばっかりだった。
「お客様おみえで~す[わーい(嬉しい顔)]
明るく元気のいい接客。ウルサいくらいです。
板の間座敷と掘り炬燵席とある。炬燵席が用意されるまで若干、待ったのだが、その待つ間に、他のテーブル席を見ながら、「こりゃ滞る店だな」というのがわかった。
掘り炬燵席に移動した。生ジョッキが4人分、「お待たせしましたぁ[わーい(嬉しい顔)]」の声とともに届いた。では4人で「お疲れ様でした」の乾杯。そしたら生を運んで来た女の子が「お客様乾杯でぇ~す!![わーい(嬉しい顔)]」の掛け声とともに、店の女の子全員が「お疲れ様でぇ~す[わーい(嬉しい顔)]」の合唱が響いた。

店内混雑と、忙しそうなので、すぐさま料理のオーダーにとりかかる。
「モツ鍋この人数だったらどれくらいがいい?」
4人です。でもお店の女の子は、「2人前ぐらいがちょうどよいかなと思いまぁ~す[わーい(嬉しい顔)]
この時は懇切丁寧で遠慮深いなと思ったのだがこれはマチガイ。鍋だけで腹ぁ膨らまさせるには惜しい客だと思ったに違いない。鍋は2人前にして、他のお料理もどうぞという作戦だなって見抜いたのは私だけだった。
ストライクゾーンが高めの私と違って、他の3人は若いギャルには甘い。大甘。鼻の下伸ばしてやがる。

「鍋は2人前、それと鳥てん、何とかサラダ、めんたいダシ巻き玉子・・・」
熊本直送の「馬刺」を頼んだのは私。
「馬刺は霜降りと赤身とございますがぁ[わーい(嬉しい顔)]
「両方!!」(私)
「以上でよろしいですかぁ[わーい(嬉しい顔)]
「それと大ジョッキ4つ!!」(これも私)
まだ誰も1杯めを飲みほしてないし他の3人が次の生を欲するかも確認してないのに俺は独断専行してオーダーした。滞ってちゃんと厨房に届かない危険を察知したからです。
案の定、幾つか「???」があって、熱燗が先に来てハイボールが遅れたり、鍋の最後、チャンポンや雑炊の後にめんたいだし巻き玉子が来たりのチグハグさはあったが、威勢のいい美形のギャルだから「まっ、いいかぁ~」って許しちゃってるようないい加減さ。

この店、色気で売る店ではないが、メニューん中に女性スタッフの紹介や写メ、連絡先交換?みたいな頁もあったので、私はキャバ系に近い接客路線かと思ったよ。
前に載せて、アクセス数が現在でも異様に突出してる塚田農場みたいだった。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-03-21-1
私みたいなヤボが普段、利用する店じゃないです。だがこの店の名誉の為に書くと、モツ鍋はなかなか美味しいスープだったし、足りないスープは追加してくれたし、鶏てん(唐揚げ?天ぷら?)、霜降馬刺も美味しかったのだ。
それに私だって木石じゃないし、若いギャルが明るい表情で持って来たら悪い気がしないわけじゃない。
〆のチャンポン、雑炊で腹いっぱいになった。

こういう店に来ると、店ん中が喧噪なのもあって、飲んでて話題に出る内容はくだらないネタになりがち。
野郎4人で私以外の3人はイロモノが大好きで、私は誘われたから仕方なく来たが、ホントは気が進まなかったのです。
意外に思われる方もいるかも知れませんが、私って社の飲み会のお誘いはかからない方なんです。
彼らも私に対して、「アイツは路線が違う」「小さい店を好む」「社内に奥さん(ジャン妻)がいるからあっち系の店にはいかない」「そういう話題も嫌い」という硬い独自路線なのは知られていて、今日だって「食事行きます?」って仕方なく誘われただけ。
まさかついて来るとは思わなかったのではないか。
彼らの話題は、おねーちゃん系、どこそこは〇〇分で幾ら幾らだった、フーゾク、国籍、店で働く女性の値踏み、サービスの内容、そんなくだらない話題しか出なくなった。この店でそういうネタになるってことは、アンタらこの店のギャルスタッフを見て触発されたんかいって思わざるを得ない。
くだらん。
サイテー。
来なきゃよかったよ。俺は浮いていた。知らん顔してた。

じゃぁ何故、この記事をUpするか。
この後が本題。
私はくだらない話題に辟易してそっぽを向いてたんだが、そっぽを向いた視線の先、通路を隔てた向こう側のボックス席で、6~7人ぐらいのサラリ-マン男性客のグループで、一人のおっさんが轟沈して眠ってるのに気付いた。
座ってうなだれてる。首がガクッって落ちてるんです。
ありゃぁ帰れるんかなって思った。お会計のタイミングで目が覚めるでもなく、ずーっと沈んでるんです。
意識がないぞ。ヤバくないか。

ところがそれに気付いたのは私だけ。他の3人はオンナの話題で盛り上がって気付きゃぁしない。
そのうち向こうテーブルが騒然としてきた。コイツ大丈夫か、ヤバイぞってな感じである。
轟沈したオッさんに肩を貸そうにも足元がおぼつかず、ズルズル生きずりだしたら通路に寝ちゃったんです。意識がない。
店のギャルが飛んできた。
おしぼりとバケツが運ばれた。急性アル中らしい。
店のギャルは同行客と話しながら、救急隊員、救急車、店の名前、場所を電話で話している。ここで「おっ!!」と気づいたのは、店のギャルたちは笑顔を維持しているんです。2人か3人いたが、誰も憤懣や嫌悪感を出していない。顔がひきつってもいない。目元も険しくない。全員が笑顔。[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]
俺らが入ってからずーっとそのまんまの笑顔。。。[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]
救急隊員からの指示を電話で受けながら、明るい声で復唱してその通りにしていた。
「もうすぐ救急隊員が参ります[わーい(嬉しい顔)]」これも笑顔。
「ご迷惑をかけて・・・」
「いいえ、そんなことないですよぉ[わーい(嬉しい顔)]」これも笑顔。全然、嫌がってるように見えない。

彼女たちの胸中ホンネはどうあれ、不満顔を全く出さず、笑顔で明るく介抱するその子たちに私は感心した。ホレボレしてしまい、この異変が起きるまでは、「騒々しい店だな、若いギャルで客を呼んでんのか」ってやや冷めた目線だったのだが、この光景で彼女たちに見とれてしまったのだ。

ところが恥ずかしいことにこっちの連中、まだ気付かない。
サイレンが近づいてきた。店外に赤いサイレンがくるくる回っててもオンナの話題に夢中です。店ん中に急隊員がドカドカやって来てからようやく異変に気づき、延々続いたくだらない話題が打ち止めになった。
「あれ、何だ?」
呆れ果てた俺は軽く一喝しましたよ。
「さっきからあーなってんじゃん。何で気がつかないのよ」
「いつから?」
「20分くらい前からずーっとだよ。気づけよ」
20分はオーバーかな。実際は10分程度。
救急隊員が2人来て、処置を施して、外へ連れてった。

その後がまた大変。
救急隊員は人命救助だけで店内の掃除まではしない。それはギャルの勤め。明るい表情でせっせと床を拭くギャルたちの美しさ。。。
そのグループもお客なので気を遣ったのか、グループが去ってから初めて、「ご迷惑おかけしました。お騒がせしました。ちょっと臭うかもしれませんので窓をお開けしましたが、お寒くはございませんかぁ」[わーい(嬉しい顔)]
満面の笑顔だった。誰かが「寒い」なんて言ったらくらわしてやろうかと思ったよ。
こっちの連中は酔いが覚めたような顔してる。さっきまでくだらないオンナの話題で盛り上がってたのがウソのようだった。それが潮時で、会計した。

廊下を歩いたら、まだ床を磨いてるギャルたち。
「ありがとうございましたぁっ」[わーい(嬉しい顔)]
「お疲れ・・・」
「いいえぇ~」[わーい(嬉しい顔)]
「エラいな・・・」
[わーい(嬉しい顔)]
労わずにはいられなかった。店の雰囲気は私の好みではないし、おそらく再訪はないと思いますが、この店、ギャルが元気に頑張ってます。
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聖なる酔っ払い女の伝説 [人間ドラマ]

ジャン妻と給与振込チェック中です。
これまでは銀行にドカドカ持ち込んでたんだけど、オンライン(WEB)で振り込めるようになった。
従業員の名前と振込先、口座番号を読み上げる。
「子ぎつね、○○銀行○○支店、口座番号・・・」
「うん」
「ヤンキー、○△銀行△○支店、口座番号・・・」
「合ってる」
「番長、□□信金、△△支店、口座番号・・・」
「うん」
「肉女、△△△銀行、○○○支店□□□出張書、口座番号・・・」
「誰それ?」
「アイツだよ」
「もう、ちゃんと本名読み上げてよ、次・・・」
「次は・・・笑ふ女、△○信金、○△支店、口座番号・・・」
「うん・・・ぶふふふっ(笑ふ女のマネ)」
酔っ払い、○□銀行、○□支店、、口座番号・・・」
「ちょっと!!アタマん中で誰だか変換しなきゃなんないじゃんっ!!」
「酔っ払いったらアイツに決まってるっ。伝わったんならそれでいいじゃんか」

この地はくるま通勤が絶対で、くるまと免許がないと就職に影響するし大学にも行けないかもしれない。高校卒業前に免許取るケースが多いそうです。
仕事の覚えが悪い1年生社員でもくるまは運転できる。(一般道のみ。高速は難しいらしい。)でも仕事の帰りに一杯飲るってのはまずない。
だから酒の飲み方も知らない。滅多にない飲み会でどんな酒を飲んでるか。幹事泣かせの色のついたアルコールドリンクが多い。ビール、日本酒飲むヤツっていない。
最初の乾杯に時間がかかるんです。

そんな連中との宴の最中(http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-12-02)、俺とジャン妻のテーブルに、右手に徳利、左手にワイングラスを持って、すっかりできあがってフラフラしながらこの女は現れた。
「こんにちはぁ~。何飲んでるんですかぁ~」[わーい(嬉しい顔)]
俺もジャン妻も固まった。
色白で細身、氷のような、透き通るような女、長い黒髪、美人というか特徴的な女性だった。店ん中が薄暗いだけに余計引き立った。
フラフラである。アタシもう酔っぱらってまぁすってなモンである。誰だこんなに飲ませたんは?って思ったよ。アブないヤツだな~。
しばらくしたら自分の席に戻り、その後、寝てしまったそうです。代行も呼べず、身内が迎えに来たらしい。
「なんなんだあの女は?」
「さぁ・・・」

その時は、飲めないオンナに誰かが悪戯半分に飲ませたのかと思ったんだが、実はそうではなく、酒が大好きなオンナなのが後日わかった。
今でもジャン妻は言う。「あのインパクトは強かったね」
周囲も目撃してるので、今日まで冷やかしのネタになっている。というか、他に酒飲みがいないので周囲も仰天して、伝説を再確認したという視線だった。
えっ?今日まで飲みに誘わなかったのかって?
トンデモナイ。あんな酔い方されたらアブなくてしょーがない。

シラフの時はどうか。
支店のリーダークラスで仕事はできます。人望もまぁまぁ。でもちょっとキツい感じと物言い。
でも私はそういうのは嫌いじゃないし、過去にもっと凄いのがいたからね。
実は登場しています。私にスナック菓子を渡した女性です。http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-08-13の記事の後半。
そのスナック菓子を貰った見返りは当然、要求された。
ある日突然、電話が架かってきて、いろいろ業務上の不満をブチまけられた。電話じゃラチがあかなくなったので現地に行ったら凄い剣幕。
「体調が悪いのぉっ!!」
「何でさ?」
「○○が止まらないのぉっ!!」
「そりゃアンタの場合、飲み過ぎだろっ」
周囲はクスクス笑ってる。
「禁酒してまぁすっ!!」
キッと睨まれました。酔っ払いにカラマれてるみたいでしたね。禁酒してるってこたぁ日頃は相当イケますって言ってるようなモンじゃないか。
スナック菓子を3回ほど貰ったんだけど、纏めて菓子代を渡そうとしたら手の平を私の顔面に当てて、「要りませんっ!!」って頑として受け取ろうとしないんです。
詳細は明かせないが、私はその酔っ払いオンナの不満、止まらない○○を半ば解消する措置を取った。結果、そのスナック菓子はワイロになってしまったようなモンである。

彼女を擁護する年配社員が数人いた。
いろいろ聴いてみると、家の事情で、未だ若い彼女が一家の稼ぎ頭なんだと。幸い代々続いた持ち家らしく、家賃というものはないらしい。
だが決して給与は高くない。
遊びたい年頃だろうにな。
酒飲みなのに外へ飲みにもいかないみたい。もっぱら家飲み。
だが家飲みってのは毎晩飲ってると体調を崩すものなのだ。店で飲んだら勘定の心配や、家に帰らなくちゃならない心配が伴うが、家だったらそのまんま寝てしまえばいいからね。
酒が好きだが私らほど飲む量は多くないようです。
だが飲んでもロクなものを喰ってないのがわかった。お菓子とか。パスタだけとか。

私は彼女に業務指示を送信する時、タイトルに酒の絵文字を入れてます。名前を入れたことは一度もないです。
携帯は個人のものではなく業務携帯です。なので社員なら誰が見てもいいので、初回に着信に気づいたスタッフは酒の絵文字を見て「これってウチのリーダー?」っていぶかしんだらしい。
今は酒の絵文字だけですぐ繋ぎが着くが、最初は抗議の電話(メール)が来た。
「最近、気になってるんですが、メールのお酒の絵文字はなんなんですか?」
「・・・」
「まさかアタシをイメージしてるってことないですよね?」
わかってて訊くなよ。
「他に誰がいるんだ」
彼女は一瞬ムッとした。でもすぐ諦めたらしく、「そうですか。ワカリマシタ。」
そん時はそれで済んだんだけど、周囲に冷やかされたらしく、「アタシをお酒飲みのキャラにするのは止めてくださいっ!!」ってまた抗議の電話が来たよ。だが私やジャン妻だけではなく、あの宴会のフラフラした酔っ払いのイメージが他の社員にも伝染したのと、毎晩のように飲んでるのは既定事実なのだ。自分のせいじゃんか。
処理済~聖なる酔っ払いオンナの後姿.jpg別のリーダーが彼女を心配してた。
「彼女、タイヘンだと思いますよ」
「また酒の量が増えるってか?」
「ハイ」
ハイじゃないよね。そいつも彼女を心配しながらも真顔で頷いてたから、私の悪い冗談ではなく、誰も否定しないのだ。仕事はできる酒飲み女で認知されているのがおわかりでしょう。
本人も諦めたらしい。その後は向こうから酒の絵文字が入るようになった。

この酔っ払いオンナ、ちょっと物言いがキツい時があって、クールな女番長みたいに見られている。畏怖されてる一面もある。
キツい性格とまで言わないが、キツい時もあるっていう程度。それは自分でもわかっていて、「私は性格がキツいから結婚は考えていません。しないと思います」って言われた。最近、支店で超ヒマな時間帯に俺と二人きりになり、30分くらい喋ったんです。
「結婚しないぃ?」
まさか「そうだね」とも言えないさ。
「何を言ってるか。俺みたいなアホでも結婚できたんだぞ」
これって全くフォローになっていませんね。「そのうちいい人が現れて心が動くこともあるさ。それが人の世というもの・・・」
「いいんです。そういう願望もありません」
そうやって言い張ってると彼氏がいても、その気がないんならって離れてしまいかねないぞ。
「1回ぐらい結婚した方がいいぞ」
これもフォローになっていなかった。
[わーい(嬉しい顔)]そうですかねぇ。でも母にも言われましたよ。お前のそのキツイ性格じゃ無理だって」
それは無理だって言いたかったんじゃないさ。気立てを良くしなさいという親心ではないだろうか。
「今はいい。まだ若いから。相手が現れたら考えなさい」
他にも後輩の話、会社の今後、社員の個々の話・・・たとえば「あの子は結婚しても働くと思います」みたいにいろいろ話しました。

私はこの女性に会津の銘酒、「花泉」を贈っています。周囲に見られないように控室で渡しました。この女性を評価しているジャン妻も贈るのに大賛成だった。あっという間に飲んだらしいけどね。

私とその女性が残務処理で居残りする日の夜、先に帰宅する後輩たちがズラリと並び、声を揃えて「先輩、お先に失礼しまぁす」って一礼してから退出するんです。
一人見送る、何処か孤独を醸し出したクールビューティー。
来春、去る時に言いたいです。幸せになれよって。

ルトガーハウアー.jpgタイトルは左写真のヒッカケです。
ブレードランナー、ヒッチャーで知られるルトガー・ハウアー主演。
この記事と直接の関係はありません。
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チエさん [居酒屋]

ジャン妻とチエ嬢.jpg中央銀座アーケードを、腕組んで歩くジャン妻とチエ嬢の後姿。
年齢差だと母娘。
既にホロ酔いです。

「梅ふく」を出て、天然ママの「GRTU。。。」に向かってるトコです。ママをびっくりさせよう、俺らの組み合わせを見てどういう反応を示すか見ようぜという悪ノリ。



「梅ふく」で、小上がりにいたチエ嬢はお若かった。
えっ!!こんなに若いの??って仰天したからね。チエ嬢は「梅ふく」に7年前から来ているそうです。ってことは○○歳そこそこで古典酒場の暖簾をくぐってるんだから相当な通である。
私なんか40歳前までは古典酒場よりも、社の女性を連れてったら鼻が高いだろうモダンデザイナーズ酒場を選んだりしてたからね。
でも、そういう酒場ってのは栄華盛衰の理もあって消えてった店もある。古くなっても、安くて美味くて長年営業してる店は強いのだ。
アジフライ.jpg刺身盛.jpg
おでん.jpg「梅ふく」のマスターやママは、最近になって暖簾を潜り始めた俺らと、数年来の常連たるチエ嬢の組み合わせをどう思っただろうか。
敢えて何も言ってなかったのは気配りと思うけど、一度だけマスターが俺らの小上がりに来て、「ネット関係??」
ヤベッ、気付いたか。[たらーっ(汗)]
「仕事関係です」ってゴマカした。
話題は、お互いのお仕事のこと、旦那さん含めた現在の生活のこと、いつからネット世界にいるか、こっちに赴任した経緯、その他モロモロ。。。


カウンター1.jpgカウンター2.jpg
最初、GETU。。。のママは気付かなかった。
普段、こっちは遅い時間に2人で、チエ嬢は早い時間帯の一人客なんだから、フツーは、「おや?今日は3人ですか?」って気付くよね。気にするよね。「お連れ様はどんな方?」って興味持つよね。
だって自分の娘ぐらいの年齢の女性をお連れしてるんだから。若い美女と老いかけた野獣夫婦の組み合わせ3人ですよ。
でも気付かないらしい。
半ば呆れたジャン妻が、「ママ、この人。。。」
チエ嬢を紹介。
「??あらぁ??」
目を見開き、逆三角形の口あんぐり。
「お知り合いだったんですかぁ?」
「うん。実は・・・」
「いつも早い時間に来る方なんですよ」
「俺らは来る時間帯が遅いからね」
処理済~カウンター横から.jpg処理済~カウンター背後から.jpg
処理済~酔って候.jpg酔っぱらったチエ嬢を、くるまで迎えに来る旦那さんと待ち合わせの場所まで送っていく。
私は「お嬢様を送るまでは酔えねぇ」ナイト気分用心棒気分なので意識はしっかりしてるつもりだったが、撮った写真を見るとやっぱブレブレですね。

親分の店の前にさしかかったら、ちょうど店を閉めて片付けしてるトコらしく親分がゴミを持って出てきた。
「ど~もぉ」
「うん?ああ、お疲れさまです」
「この女性、ご存じ??」
親分は「???」だった。ちょっと記憶にないようでした。
おっちょこ店員のBさんはマットをバタバタバタバタはたいて片付けてた。あんなにバタバタしてたら自分のアタマに埃被るし、埃を吸いかねないぞ。

チエ嬢を乗せた旦那さん(兄貴)のくるまがブォ~ンと走ってった。

こっちに来て、せめて一人ぐらいは会社以外、飲み屋以外で地元の人と知り合えるだろうかって思ってた。今宵出逢ったその人は、親子ぐらいの年齢差。
自分らに娘がいて、娘と飲んで、酔った娘を見送る時ってのはこういう気分なのかもしれない。
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巨大餃子の店 [ラーメン]

まごころ込めて味一筋
美味い満腹幸せ実感
笑顔こぼれる幸せメニュー
手間隙おしまずまごころ込めて
キャッチコピー.jpg青空と店構え.jpg
ムハッ(笑)。[わーい(嬉しい顔)]
なかなかほのぼのするキャッチコピーですな。
ロウプライスで客の財布に優しく、手作り手打ちがウリ、深みあるスープが供される店です。お客さんへの愛想もまぁまぁいい。
巨大餃子の店です。
巨大餃子1.jpg重いっ1.jpg
いつ行っても大人の掌半分くらいある巨大な餃子がバンバン出てます。お持ち帰りも。
美味い満腹、幸せ実感??
満腹は満腹だけど、あの巨大餃子は持て余した。あれ以来、カウンターでラーメンのみ喰っている。
だが、ほのぼのしたキャッチコピーなのに、今日も店主のプチ怒声が飛んでいますねぇ。
「早く出してっ!!」
「違うよ。何番さんだよっ。」
「餃子、後いくつっ??」
またオバさんが怒られてます。これはもう日常、毎度の光景なんです。でも、悪いけど、怒られても仕方がないかなぁって思う動きなんです。この店、店主以外にスタッフが4人いてお身内らしいが、店主以外の4人はタイミングがズレてるというか。
例えば、もうラーメンが上がってるのに、洗い物をしてたりするんですよ。
カウンター、小上がり、お一人さん、4名さん、出前?、持ち帰り?、ラーメン?、餃子?この流れを把握してるのは店主だけって感じです。
ホラ、早く動かないと怒られっぞ~っていつも眺めてる私。

あっ、店主はお客さん第一なので、お客さんにはいい感じなんです。

いつも昼時は満員に近い。
駐車場も満車。ワゴンやトラックで乗り付け、中から作業員が4人か6人、入店してきます。
黒光りのセダンが停まって、中からお金持ちっぽい人、とゴージャスな女性が入って来たこともある。
田舎町にここだけ商売繁盛してるのは値段が安いから。ねぎラーメンなんか300円ですよ。駅のスタンドじゃあるまいしさ。そのネギラーメンは細い白髪ネギではなく輪切りの薬味ねぎ。青いネギです。歯ごたえあって美味しい。
ねぎラーメン300円??
醤油ラーメン450円??
何でねぎラーメンが300円で醤油ラーメンが150円高い450円なのか。その理由は、チャーシューがないからだと思います。
ねぎラーメン.jpg手打ちです.jpg
陽気ラーメン600円、これはこの店の看板。
またまた不思議なのは、チャーシューメンが700円で、特製チャーシューメンも700円??
特製なのに値段が同じなのは何故だ?
あぶり焼チャーシューメン800円
全部のせラーメン800円、これはあぶり焼きも含めた3種類のチャーシューと煮玉子、メンマ、ナルト、のりが入ってる。

塩もあって、こだわり塩ラーメン500円。
タンメン500円
五目ラーメン600円
野菜あんかけラーメン600円
海鮮チャンポン700円

味噌にはこだわりがないようで。味噌ラーメン600円と味噌チャーシューメン800円のみ。
他にもイロイロある。
お品書き1.jpgお品書き2.jpg
お品書き3.jpgお品書き4.jpg
塩です。
おっ!!こりゃぁ美味いね。他にない味。
ニンニクのチップス?小さいエビが入ってる。
しお.jpgゴマ.jpg
しおスープ.jpgチャーシュー.jpg
手打ち麺をズルズルすする私。
ネギをすくう.jpg手打ち麺.jpg
全部載せラーメンです。その名前そのままで、この店の具が全部載ってるラーメン。
3種類のチャーシュー、味付け卵、メンマ、ナルト、ネギ・・・
全部載せ.jpgチャーシュー1.jpg
チャーシュー2.jpgチャーシュー3.jpg
タマゴ.jpgメンマ.jpg
なると.jpgスープ.jpg
麺を引きずり出す.jpg午後一段落した光景.jpg
オバちゃんはまだ怒られてます。
「ニラじゃねぇよキャベツだよっ」
キビシぃ~。[あせあせ(飛び散る汗)]
私もイチイチ気にしなくなった。俺のオーダーが間違いなく通ってりゃいいの。安いし。美味いし。
喰ったらお会計の後、「どうも~」って声かけて、店主の「ありがとうございましたぁ~」って明るく投げるような声を背に浴びて出ます。
オバちゃん、ガンバ!!
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フカヒレあんかけ炒飯 [グルメ]

愛華飯店1.jpg愛華飯店3.jpg
里見橋台を拝んで、里見城再訪の昼、580円のランチのこの店へ。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-10-01
昼のメニューは一部を除いて殆どが580円です。
野菜ラーメン、味噌ラーメン、豆腐ラーメン、醤油ラーメン、台湾ラーメン、四川風担担麺、これらのどれかプラス、五目炒飯(ハーフ)or高菜炒飯(ハーフ)。。。の組み合わせで580円。。。
東京のサラリーマン街のランチでも580円ってあまりないと思う。いいトコ680円ではないか。
これで採算取れんのかなと思わないでもないが、これは通常のメニューとは別のランチメニューなんです。
でも通常のメニューを見ても、組み合わせない単品が580円なんです。「おやっ?」と思うでしょ。一品料理で580円のものが、ランチの定食580円に含まれるんです。
比べてみました。
野菜ラーメン単品です。580円。
これは野菜ラーメンと炒飯のセット。580円。
野菜ラーメンとハーフ五目炒飯.jpg野菜ラーメン.jpg
次に単品で。
野菜ラーメン1.jpg野菜ラーメン2.jpg
同じに見えますか?
レンゲで比べてみてください。ビミョーに丼の大きさが違うような。
ボリューム調整ですね。

野菜ラーメンはシャキシャキした食感。スープは。。。醤油のような塩のような。ちょっと胡椒が強めかな。

580円以外のものがある。
記事タイトルのフカヒレあんかけ炒飯という凄いスグレもの。
これはランチメニュー、通常メニューとは更に別にありました。横浜中華街でフカヒレなんて喰おうもんならかなりの金額で、私は別にフカヒレなんかなくても生きていけるけど、どんなシロモノなんだろうか。
上記写真の野菜ラーメン単品のお会計時、「昼にあんかけ炒飯ってできる?」って訊いてみた。
お店のスタッフは中国人さんです。フツーの日本語、会話は全く問題ないけど、私みたいに早口だったり、悪いヒネた言葉だったり、何々じゃん?みたいな横浜弁だとちょっと通じない時がある。できるか聞いたら、
「ア、アンカケチャァハン?デキルヨ」
「じゃぁ次回に」
「ウン」[わーい(嬉しい顔)]
ニコーっと笑ってた。

あまり日にちを空かずに再度、行ったんです。
「アンカケチャーハンネ」[わーい(嬉しい顔)]
覚えてたみたい。ニマ~っと笑ってたモン。「来てくれたのね」っていう満面の接客笑顔でした。
フカヒレあんかけ炒飯1.jpgフカヒレあんかけ炒飯2.jpg
炒飯というか、雑炊!!
美味しいです。炒飯って感じがしなかった。炒飯とあんかけスープのどっちが勝ってるかっていうと、あんかけぶっかけたスープの方が遥かに凌駕していた。炒飯の味、風味は全く感じられなかった。
陽射しの強い窓際テーブル席だったので写真が反射してイマイチ美しくないですが。陽射しがキラキラ反射して中華の美しさが際立った感じでした。
相当なカロリーだと思います。
でもボリュームはそんなにないのね。夜、早い時間帯に空腹になりました。

実はある方面のBlogで見たんだけど、2011年の情報で、これとは別のあんかけ炒飯があるという。
豚肉と野菜のあんかけ炒飯です。炒飯プラス八宝菜だったんですよ。中華丼のご飯が炒飯だったの。
だがそれはメニューの何処を探しても見つからなかった。

この店では喰うだけで、謎探索だの研究だの、人間ドラマは全くない私ですが、「お料理は人数分の店」の謎探索がひと段落したので、来年以降、この幻のメニューを探ってみようか。
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ディープな階段 [隠れ郷土史]

この写真は2005年のもので、鉄砲3000丁三段撃ちの場所、設楽原と、その前哨戦、長篠城。
この頃、私はまだ髪があったし、ジャン妻も若くて細かった。
処理済~設楽原古戦場の馬防柵とジャン妻(このころは細かった).jpg処理済~長篠城のジャン妻(このころは細かった).jpg
この長篠城を死守した奥平という城将の祖先が上州のさる場所にいた。それが下左の写真。
市の案内板はしっかりしていた。だが奥は藪、藪、藪で、それほど奥深い山でもなく広大な敷地でもないのに四方が藪で外界が見えず、賢明な方は「行くの止~めた」って途中で断念する。
だが、止せばいいのにどんどん奥にハマって行き、自分が何処にいるのかわからずパニックを起こし、あわやプチ遭難しかけた人もいるという。

私も偶然、この前を走っただけで奥には行っていないが、この城の“詰めの城”(緊急時に立てこもるか、最終手段の城)がここから800m先にあるのを知ってしまった。それが下右の写真。
そこは比較的コンパクトで、麓の道から本郭まで階段で一気に登れるという。
長々と歩かなくても済みそうだったので行ってみた。。。が。。。
奥平城遠望.jpg詰めの城、馬場城.jpg
舗装されているけど道が細くなり、船山温泉前の林道みたいに川に沿った農道、林道を走って行くと更に道がどんどん細くなっていった。
停める場所を探してウロウロしてたら林道の基点があった。
馬場長坂線というこの林道は、どうも何者も道に入った形跡がなかったので「いいやここで」って停めた。
林道基点.jpg林道に入る1.jpg
この林道、地図を見ると、城山をぐるっと回ってるが、実際は廃道状態である。
長年、荒れた風雨に曝して手入れしないとこうなるのかといった林道だった。
林道に入る2.jpg林道1.jpg
林道2.jpg薄暗い林道.jpg
ジメジメした足元を踏み踏み緩い坂を上って行くと、薄暗い曲がりの左にアヤしい階段があったのです。
薄暗い登り口.jpg近づいてみる.jpg
事前にわかっていたのは、道なき道を登ったり、ロクに整備されてない散策路を延々と歩く必要は全くなく、この階段を登れば一気に主郭にたどり着けるということ。労力は少なくて済むハズだった。
だが、この階段が問題でして・・・
まず、暗い!!
晴天下、昼間なのに凄くダークな階段なのだ。
階段1.jpg階段4.jpg
段数が多い。
何段あるんだろう。数えながら登ってみたが、途中で何段かわかんなくなっちゃった。
神社の参道じゃありませんよ。何の苦行かわからないが、最後まで行かずばなるまいて。

ボロい。
濡れた落ち葉が積もって滑りやすい。
バリッと足元が崩れた。崩れたというか、板で押さえていた階段が割れたりした。ところどころ劣化しているんです。手すりもさびている。
階段2.jpg崩れた階段.jpg
こういう時、片手にデジカメを持ってると足元に神経が集中しないので危うい。なので写真は少ない。階段なのもあって体が上下に揺れ、後で見たら写真は殆どボケていた。
この階段は作った時は手すりがなかったらしい。後年、誰か滑落したのだろうか。
登ってみたら。。。.jpg藪藪藪.jpg
頂上主郭は荒れ放題。
不良がタバコやシンナーでも吸うにはカッコウの場所である。
錆びつくして皆目読めない説明版があったがさっぱり判読できず。。。
ジメジメして暗い。木々に遮られて眺望も全く見えない。
資料によると、この東側に1条、西から北にかけての尾根に2条の堀があって、主郭のまわりには腰郭もあるそうだが確認しなかった。

ここ、馬場城にいた奥平氏は、前に載せた寺尾城に籠もる尹良親王に従い、南朝方として寺尾城の南側、吉井方面の守りを固めていた。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-07-08-1
後に北朝の上杉憲定の圧力に耐えられず、ここ、奥平郷を棄て三河に移り住む。
長篠城を死守して徳川氏に従い近世大名へと転身した。
そこは後世、メデタシメデタシだが。。。

帰路が大変だった。
こういう階段は登りより降りる方が危ういもの。慎重に慎重にゆっくり降りる。余り得るものはなかったので拍子抜けしてるのでアブない。
結構、急な階段で、腰郭とおぼしき脇から水が流れた跡が確認できたので、この階段、豪雨の時には滝と化すのではないだろうか。

風化した碑の側には民家が数軒あり、切り干し大根を作っていた婆さんと目があって私は目礼したが、婆さんは無表情で何も返さず。何処のアホが来たかという表情であった。

後で見たら写真は殆どがボケボケだった。
登り口だけ撮影しなおそうと再度、行ったんですが、どうしても上手く撮影できなかったんです。
もうあのクソ階段を上る気もサラサラ起きず。
馬場城遠望.jpg馬場城縄張り.jpg
ナワ~ルドさんの銘が脳裏に浮かんだ。「無理せず撤退する勇気も必要」ってね。
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里見に眠るもの [隠れ郷土史]

晩秋から冬、師走に向かって時が流れていく。
先だって、秋間森林鉄道社長からコメをいただいたのを機に久々にこの橋台を思い出した。
里見五号橋台です。
橋台1.jpg橋台2.jpg
過去記事。長いけど。http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-08-26
この橋台が里見軌道の跡という確証は得られていない。何処かに隠れてるであろう残りの3つの橋台散策は、むせ返るような草いきれの夏場以降は一旦、打ち止めになっています。
枯葉が舞って草が枯れる季節になってきました。夏場よりは散策し易くなる筈。機会を狙って探しに行ってみようかと思ってます。

何も語らない第五号橋台。
見てると何故か落ち着くんです。明治からここに建って、君は何を見てきたんだい?
第五.jpg明治43年.jpg
「この道は昔は農道だったの。農道の土崩れを防ぐ為のものじゃないの?」
と言ったのはこの近所で出会ったオバさん。
引き止めても悪かったので「ああ、そうですか」で別れたけど、土崩れを防ぐ構造ではないでしょう。決まった幅だけ垂直に迫り出してるし、間違いなく橋台です。
残り三基の橋台、せめて一つだけでも来年の春までに見つけたいものです。

ここから程近いところに、もう一つ、「草が枯れたら行ってみよう」と思ってたところがあって行って来ました。
里見城跡看板.jpg里見城本郭.jpg
ここに里見氏がいた。
何処かで聞いた名前?房総半島安房、南総里見八犬伝の里見氏の祖?

新田氏の初代で義重という人、この人は頼朝の旗揚げにすぐに馳せ参じなかったので不興を買い、後年の義貞に至るまで足利氏との差がついてしまうのだが、その義重の三男、里見義俊から出ている。
そこから何代目かわからないが、八犬伝に出て来る里見義実は永享12年(1440年)4月の結城合戦で結城城に籠城。陥落時に脱出。安房に落ち延びて後年起死回生。房総里見氏の祖に。

じゃぁこの里見城はどうなったのか。終焉は信玄の上州侵攻時だそうです。その頃まで里見氏の誰かがいた。
南総里見八犬伝の序章は、前述、里見義実の、安房入国にまつわる伝説を題材としているのだが、この地から結城合戦で籠城し、落城時に脱出し、後年、安房で興した。
ここ里見地域には戻らなかったのだろうか。

里見城は里見川に面した小高い段丘上にある。
巨大な鳥居が目印。この鳥井の背後、墓地の奥に方形の郭があって、夏場に行ったら草ぼうぼうで蛇でもいそうだった。
先日、行ったら草刈がされていた。
草が刈ってある.jpg説明版.jpg
奥に民家が一軒ある。
居住しているかどうかはわからない。でも廃屋ではないようです。
もしかしたら中から俺を見ているのでは。得体のしれない闖入者と思ってるのではないか。
墓地があり、廃車があり、何ともいえない気持ちになった。
誰かが俺を見ている。。。?

夏場は踏み込めなかったのだが、西南部には高い土居があった。
西南の土居1.jpg西南の土居2.jpg
西南の土居3.jpg西南の土居5.jpg
里見橋台の散策中に、ある地元の人に訊いた時、この城についても聴取したら、
「こっちの人は、こっちが里見さんの発祥地だって言ってる」
「じゃぁ房総の人は?」
「向こうは向こうで、こっちが本家だって言ってる」
どっちでもいいみたいですね。
草が刈ってある2.jpg橋台3.jpg
里見軌道未成線とこの城跡は、途中、県道で分断されているけど、地形上は同じ地続きの丘陵になっている。
里見城の何処かに里見軌道は予定されてたと思う。だが今となっては何処の位置か特定できない。軌道敷設に至った確証はないし、それらしき跡があっても、それは近年の農道でしかないかも知れない。

里見八犬伝は8騎で里見橋台は5基か。。。
来春までに八犬。。。じゃなかった。。。発見できるだろうか。。
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