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船山史家の呟き [呟き、独り言]

皆様こんにちは。
いつも見ていただきありがとうございます。

最近、これでもちょっとスランプ気味です。
あっ、仕事じゃないです。Blogがね。
ネタが少ないんですよ。[たらーっ(汗)]
前は記事数23から24、ストックがあって、その間にリアルタイムネタが挿入されたりすると、ストック最初のネタが下手するとひと月前の過去形になってしまい、旬を過ぎ、登場した人物がいなくなったり、店が閉店したりして、記事がオクラ入りになることすらあった。
現場、事件、登場人物が多く、あっちこっちに飛んでたからね。
今は転勤先のドラマが全く書けない。書けるネタがない。
何故か。まだお互い、職場では手さぐり、様子見状態だからです。標準語を喋ってるからです。
「Yokoっ!!このバカっ!!」みたいな暴言は4月になってから吐いていません。常識人ぶって猫を被ってます。
私を知る上役から「まだ(地を出すのは)早い」って釘をササれてます。
すっ凄いストレスですっ!![ちっ(怒った顔)]
シンボル.jpgいつか東京へ戻ったらこっちのネタは時効にしてUpするかも知れないけど、今は田舎の地域に限定されてネタの枠が狭まっちゃう。
まだ毎晩のように外食だらけの時の方がネタがあった。
ストックが少なくなった。今は記事のストックが10か11くらいしかなくて、「こりゃ何かあったら更新がストップしちゃうかも知れない」っていう不安、焦燥が少しある。




実際、そういう危機があった。泊まり込みの管理者研修が週末に突然入っちゃって一泊二日缶詰になった時、帰宅時間が22時か23時か微妙で、「鳥佳」に行きたかったんだけど行ったらアブなそうなので、「鳥佳」を断念して家に駆け込み、メチャ熱いラーメンの記事をUpしたのが22:58だった。
アブネーっ!![たらーっ(汗)]

ネタが減ったのは田舎にいるので平和なんだろうか。刺激が欲しくなり、先日、東京にいる、ミセスエキセントリックZ女史と久々に電話で会話がありまして。
「そっちどう?」
「いやぁ、満喫してますよぉ」
「ホントぉ、よかったぁぁぁ」
これだけだとツマンナイ。挑発してやった。
「△△、辞めたんだよね」
「そう、△△さん急に辞めちゃったの」
「でもいいじゃん。アイツ性格悪かったし。。。」
「ちょ、ちょっとっ[あせあせ(飛び散る汗)]そんなこと言わないでよぅ。△△さん優秀だったのよォ。その後、補充がないしさァ」ってブツクサ言い出した。
「こっち来たら?」
「えぇ~」[がく~(落胆した顔)]
そしたら受話器の向こうで外線が鳴ったので会話終了。

http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-04-14-1の記事他に登場した都内の女性リーダーと会う機会があって、「どう?」って聞かれた。
「こっち来てよかったさ」
そしたらムッとしてた。
「来てよかったなんてっ!!そんなこと言わないでよっ!!」[むかっ(怒り)]
じゃぁどういう返事をすればよかったんだろ。

前の連中はそれなりの年月があるから会話ひとつ取ってもネタになり易いのは当然だが、今の連中はまだ日が浅い。まだ慣れてない。
例えば、私のことを○○ザと本気で思ってた女性社員がいたのに驚いたよホント。
先日、面談した時、半ば冗談で、
「もう私のこと、フツーの真人間だってわかったでしょ?」
「いえ・・・まだ・・・(自信無さそうに俯く)」
やれやれって思ったよ。腹ァ割って話せるようになるのはマぁダマダ先ですな。そんなこんなで5月も更新達成~!![ぴかぴか(新しい)]
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牛骨ラーメンと懐メロ。。。 [ラーメン]

牛骨ラーメンって喰ったことあります?
その名の通り、牛の骨で出汁を取るスープで発祥は鳥取県だそうです。鳥取県の日本海側の某店が満州料理からピンときて戦後に始めたとか。
首都圏では見たことない。
だって牛の骨ですよ。肉ならともかくも骨。その牛骨ラーメン店とやらに初めて入った。
2階にあります。見上げるとガラガラなのがわかる。
2階という立地は意外と集客に影響があるものなのだ。美味けりゃいいが、マズイものをわざわざ喰いに2階へ階段上がらないよ。テナントってそういうモノ。
ガラガラ.jpgこれぞ牛骨メニュー.jpg
ガラガラの店内で若い兄ちゃんとねーちゃんの二人で営っていた。彼氏と彼女かって感じ。応対接客は明るく若々しさがある。
さて、牛骨スープとはどういうものなのか。
醤油と塩です。この店には味噌はない。牛に味噌は合わないと思う。
醤油(携帯)1.jpg醤油(携帯)2.jpg
出て来たのは、やや濁って脂の浮いたスープに、ねぎ、チャーシュー、メンマちょっと、ウズラがトッピングされていた。その辺にある脂チャッチャッと変わらない。
スープを一口啜ると。。。
濃い目のコンソメ???
ほのかな魚介系も。
牛骨ラーメン塩.jpgこれぞ牛骨スープ.jpg
メンマ.jpgくどくはない。上品な味。バタくさい味を期待してた俺としてはいい意味で肩すかし。
もうちょっとメンマが欲しいな。ボリューム不足は否めない。麺が少ないです。
ではこれが牛の骨のダシかって言われるとよくワカンナイ。何処で仕込みしてるんだろう。まさかこの若い男女が捌いてるってこたぁあるまい。
邪推だけど、隣に焼肉レストランがあるので、そこと提携してないか?なんて思ってしまった。


その後、ジャン妻が1回、私も2回行ったんだけど、やはり2階というのがネックなのかいつも空いている。前に掲載した舌を焼けどするくらい熱いスープの店の方がはるかに混んでいる。
醤油(デジカメ1).jpg醤油(デジカメ2).jpg
昼は明るく若々しい店だが夜はどうか。
モツとかのつまみ系もあるので居酒屋風だと思う。焼き餃子、お好み餃子、みそキャベツ、塩キャベツ、トマトスライス、自家製キムチ、カクテキ、キムチ・カクテキ盛、あぶりチャーシュー、モツ煮込み、メンマ盛り、ガツ刺、鶏セセリ塩焼、タン塩焼、ピートロ塩焼、ホルモン焼き(タレ&塩)、トロテチャン焼き(タレ&塩)、牛ハラミ焼き(タレ&塩)、チャーシュー丼、モツぶっかけ丼。。。
アルコール類は、生ビール、瓶ビール、焼酎水割り、ウーロンハイ、レモンハイ、レモンwサワー、シークァーサーサワー、巨峰サワー、ラムネサワー、梅酒(ロック、水割り、ソーダ割り)。

ラーメン頼むと250円のソフトドリンク(コーラ、カルピス、オレンジジュース、アイスコーヒーとか)が100円!!ラーメンを喰わせる為の涙ぐましい努力ともいえる。

この辺のラーメン屋には必ずといっていいほど、モツ煮他のツマミ系があるので、ラーメンだけだと集客が弱いんだろうなって思った。専門店だと流行らないのかも知れない。
だからラーメン単独だとボリュームが少ないのかも知れない。軽く飲んでつまんだ後、締めのラーメンなのを、な~んとなく昼も出してるだけのような気がした。

この店でお会計して出ようとしたら、店内のBGMに懐かしい曲が流れてきた。
洋楽です。KANSAS
KANSASはクラシックをベースにしたプログレッシブバンド、他にもカントリーフォーク、ラテン等、非常に雑多なカテゴリが盛り込まれた複合バンドだった。当時は6人編成でボーカル×2、ギター×2、キーボード×2、バイオリンという他にあまり例を見ない斬新な編成だった。
武道館に観にいったことが一度。。。
KANSAS1.jpgKANSAS2.jpg流れたのは、80年台にヒットした有名な曲、「Dusut in the Wind」すべては風の中に。。。
昔は弾けたけど、今はちょっと牟無理かな。最後まで聴いて口ずさみながら店を出ました。

http://www.youtube.com/watch?v=fPDJdC-mVgE&feature=fvwrel
http://www.youtube.com/watch?v=H5KjPSOonlM&feature=related
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鳥佳 [居酒屋]

ジャン妻が夕方まで都内のセミナー参加で不在。
そのセミナーでは「軽食が出るのよ」[わーい(嬉しい顔)]
軽食ったってどんなに豪華なモンでもなかろうけど、そういうのはイタダかなきゃもったいないと考えるジャン妻である。それはいーけどさ。。。
俺の晩飯はどーなる?
もう自分のことしか考えないモード全開である。
「じゃぁ軽く鳥佳に行ってくる」
「いいよ、行ってきたら?」
過去記事もそうだが、「鳥佳」に一人で行く時は、こういった合法的な前置きが多い私。
16時過ぎに上大岡に下り立った。
上大岡.jpg大久保橋.jpg
まだ暖簾は下がっていない。
開店前の光景.jpg離れを見る.jpg
暖簾が出た.jpgマスターが暖簾を出して、一番で入ったつもりだが、既に先客が数名陣取ってやがる。
若造が「いらっしゃいませ、ご予約ですか?」
「いや」ブスッとして首を振る俺。
そしたらマスターと目が合い、笑顔の目でカウンター左端へ。カウンター焼き場前の特等席は予約で押さえられていたからです。後から1人客が2~3人、入って来たが、どーしてもカウンターでなきゃイヤっ!!というお客さんがいるそうです。
私は一番、左端、入口側の席で一人静かに飲み始めだが、あっという間に満席になったのは、どう考えても開店時間前から中でタムロってたとしか思えないゾ。
その後も2人連れ、3人さま4人さまといった客が来たり、電話予約があったりする。時間を計算しながら、テーブル席の左暖簾や、裏の離れの空き状況を見ながらさばいているのは女性リーダーのMさん。
小さいけど凄い店である。
最初の生ビール.jpgケースのネタたち.jpg
鳥ネギ.jpgつくね.jpg
黒ムツ炙り造り&赤貝.jpg赤貝大好き.jpg
鳥ネギ追加(タレ).jpg空いてたマスターの焼き場の真ん前には、いつの間にか親子?母娘?が座ってやがる。
どっからかガキの声がするから気付いたのだが、その母娘はガキ連れだった。
ガキを連れてくんなよっ、どーいうセンスをしてるんだっと言いたいが、他の常連さんは許してるようなので俺は沈黙した。どうせ端っこの席だから実害はないし。

私はガキ連れが入って来たのを知らなかった。誰かが入って来ても入口を見ないんです私。
店に入った最初の一歩で、先客の常連さんが「仲間が来たか?」と思って店の入り口を向いて、自分と目が合って火花バチバチってしたことないですか?
私はそういうのあまり好きじゃないのだ。
なので、誰が入って来ても知らん顔してます。自分は自分。
「子供連れであの店のカウンター?センスないねぇ」(ジャン妻)

座が盛り上がって来る。
私の右隣と、その更に右隣の常連さんが、「いっつも混んでるねぇ。マスターも大変だ~」みたいな話から、
「マスターをコピーしちゃえばいいんだよ」
「皆、マスターのお面かぶって焼けばいいんだよ」
噴出しかけたが、リーダー女性Mさんに耳打ちする私。
「マスターのクローンが2人、3人いたら気持ち悪くないか?」
いつもの締め.jpg絶品の焼きおにぎり.jpg
鳥スープ.jpg処理済~Pマスター&スタッフ1.jpg
私は最近、管理者講習に出席した。
内容は会社の店舗運営の“ソフト”に関するもの。その時の司会進行役から「皆さんの支店がその地域でナンバーワンになったとします。では地域でナンバーワンの支店とはどのような店でしょうか?」という質問をふられ、私は「従業員が忙しくて楽く働いてる店」と答えた。
これは前々回に載せた朝日新聞の「鳥佳」記事にあった談話、「忙しいけど楽しい」から拝借しました。
処理済~マスター&スタッフ2.jpg処理済~マスター&スタッフ3.jpg
次回はいつ来れるか.jpg次回はいつ来れるか2.jpg
ではそういう店は儲かるのだろうか。マスターは常連さんにこう言っていた。
「いい店にはお金が残らないもんなんですよ。幸せな家庭ってそんなにはお金がないじゃないですか」[わーい(嬉しい顔)]
「じゃぁマスターは幸せなんだ」
「ウチにはいい息子たちがたくさんいるから」[わーい(嬉しい顔)]
マスターは両腕を広げながら言ってました。若い衆はマスターの台詞を全員は聞こえなかったとは思うけど、そういう台詞を常連さんに胸を張って言えるのが凄い。
自分もそう言えるようになりたいものです。
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鯉の洗い [自宅グルメ]

売ってたもの.jpg「まさか買わないよね」
「・・・」
「止めてっ!!」
職場帰りに二人でスーパーに立ち寄ったら、時間的に品薄になった鮮魚コーナーにこれがあったのである。2パックあった。
喰ってみたかったのに強行に反対された。
この日は買わなかったけど、後日買いました。



鯉の洗いは薄く切ったコイの身をつめたい水に入れて冷して身を締めるもの。(その前に温水に入れる?)身を洗うように冷水にくぐらせるから洗いという。
時間の経過と共に、鮮度と食感が落ちて行くので、原則は生きた鯉をさばく。固い食感と鮮度、生臭さを抑える。ただ、固過ぎても美味しくないらしい。

♂の鯉は赤身が多いという。
こりっとした食感が大好きです。
私が初めて鯉の洗いを食ったのは会津蕎麦宿です。突然、供されました。写真が1枚だけ残っていました。↓
馬刺と鯉.jpg蕎麦宿の鯉.jpg
甲斐南部の宿では二泊めの料理か、事前に予約すれば供されます。T館長から聞いた話だと、「鯉も岩魚もそうですが、ちゃんと血抜きをしないと。。。」生臭くなるという。涼しさの演出か、は氷の上に置いて出たりする。

辛子酢みそでいただく場合が多いが、私は蕎麦宿と甲斐南部では生姜醤油で喰った。蕎麦宿では、近年、馬刺の方が知られるようになったのでここ最近は喰ってない。今でも事前にお願いしたら出されるだろうか。
両宿とも鯉には自信を持っている。

多少、小骨が残るのはご愛嬌で、そういうのが気になる人には向いていない。
で、2回目に行った時に買ってみたの。ついていた辛子酢噌蕎と、蕎麦宿風に生姜醤油で。
家で食す鯉.jpg箸でつまむ.jpg
小骨はなかったけど、触感はイマイチだな。表面は乾いてるし。やはりさばいたばかりのヤツの方が美味しいですね。
生姜醤油で.jpg辛子酢味噌で.jpg
「食わないのか?」
「アタシはいい」
ジャン妻は不満そうである。メインの手料理だけでは不満なのかという表情である。
メインの手料理ったってたかが鍋である。豚肉と白菜とネギとホウレンソウを煮るだけじゃねぇか。
「野菜が多く採れるからいいのっ」
それはわかっている。だけど、yossyさんを垂涎羨望させた、あの外食三昧の日々が懐かしくもある。
鍋の具である.jpg鍋である.jpg
二つの宿では(実名を挙げるとアタマん中で価値観が混乱するので。何しろどちらかが筆頭なものですから。)鯉の洗いが出る時は鯉こくが出ます。ちょっと骨が多いかもです。
蕎麦宿では鯉の旨煮も出ましたよ。甘辛い煮つけでした。でも最近の蕎麦宿では煮物は朝に回されるので、前夜に鯉の洗いが出たら翌朝に旨煮が出るかもです。
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閑人が行く。。。 [隠れ郷土史]

ある平日、突然いきなり首塚を発見した。
首塚への案内板があったのである。
耕運機を押しながら通りかかった農家のオッさんに道を訊ねたら、こんな天気のいい日にアンタはヒマだねぇみたいな表情だったが、詳細に道を教えてくれた。
首塚への案内板1.jpg首塚への案内板2.jpg
昭和初期、この地に遠足にきていた小学生が、人間の頭骨を発見して大騒ぎになったという。第一発見者はガキ心にトラウマになったか、ずーっとネタにされて周囲に言われ続けたんじゃないだろうか。
発見された骨を何処かの大学に委託して、出された結果は、中世日本人の人骨で刀傷があったという。
上顎の骨しかなく、どこか近所の城が落城した際の犠牲者が埋葬されていたものを再び掘り返して、今の場所に埋葬し直したのではないかとも推察されている。
その数は150体分だって。
左手の木々が首塚.jpg処理済~案内板.jpg
先日、志賀城の項で、笠原さんの首塚は撮影したものの、150体という数が気味が悪かったので、正面からマトモに撮影はしなかった。
しかもこの周辺は造成地、分譲地になっている。
売れるのだろうか。

首塚周辺は信玄の陣城だったという伝承がある。陣城とは統治者の政治中枢や権力象徴というものではなく、一時的な陣場、兵の駐屯地のこと。殆どの場合は戦争が終われば放棄される。
信玄はこの地に攻め入り、相手方の防衛ラインを分断したのだが、攻城したと思われるのが次のこの写真、簗瀬城といって、川の渡河地点を抑える役割を帯びた番城。
簗瀬城の札.jpg神社境内下の空壕.jpg
空壕を反対側から見る.jpg北の塁壁.jpg
空壕から見上げる.jpg境内の土塁1.jpg
境内の土塁2.jpg境内の土塁3.jpg
城山稲荷神社の境内で、老人たちがゲートボールをプレイしていた。
プレイをジャマしないように散策してたら、老人たちに、「こんにちは~」と声をかけられた。
周辺の住宅で洗車に勤しんでいた主婦にも「こんにちは~」と声をかけられた。
私も挨拶されたから「こんにちは」って返した。
挨拶されたから返しただけです。こちらから挨拶したって損はないのだが、長年の都会暮らしの悪い面だと思う。大都会でイチイチ知らない他人に「こんにちは」なんて挨拶せんからね。(してる人がいたら凄い!!)

処理済~さるお寺.jpgこの寺も、あるサイトで城塞跡なのを知った。曹洞宗の寺です。
寺前の一般道が狭くて停められるスペ-スが皆無で、遠目に見たら境内にくるまが止まってたのが見えた。そこへ至る参道が狭くて舗装整備されておらずでっこぼこ。道幅もセダン車だとギリギリ入れるかどうか。
轍の跡はあるので、くるまで入っていいんだろうなと勝手に判断、狭い参道を無理矢理入っていく。ハンドル握りながら上下ガックガクに揺れたが、中に駐車場っぽい広い場所があって既に1台停車していた。私も境内の一画に停めた。


境内何処にも碑や説明版、表示は何もなく、短い雑草と、足元に土煙が舞い上がる。
本堂の裏に土塁と真っ直ぐな横堀があった。最近、説明版がなくてもそういうのが判別できるようになった私。どうやら方形の館らしく、その館の主は、甲斐の武田と、上州最強の名族、長野氏との緊張感が高まる中、別の要害へ移転したと伝承されている。
別段、特筆するものもないので、くるまへ足を戻したら。。。
境内の土塁跡.jpg土塁と横堀.jpg
女性がじーっとこっちを見ている。
30~40前の若いママ?
俺みたいな閑人だろうか。軽く会釈をしたら向こうも返してきた。
だが、まだじーっと見てやがるんですよ。俺の顔に何かついてんのかと思った。
「こんにちは」
俺はぶっきら棒に、「ああ、こんにちは」
まだじーっと見てやがる。何か用かよ。無視してエンジンスタート、境内を出かかった時、ま~だま~だ見てやがるから、窓を開けて視線を合わせたら、おそるおそる話しかけられた。
「あの。。。何か御用でしょうか?。。。」[たらーっ(汗)]
笑みが強張ってやがる。
用が無きゃ来ちゃいけないのか。
「。。。ここがさる城塞跡って聞いたから来てみたのさ。だけど案内板も何もないし。。。戻るよ。。。」
相手のママは安心したような表情だった。
ここで思い至ったのだが、さては俺を胡散臭いヤツと思ったんだな。私はこういう散策に向いた服装、カジュアル服を一着も持ってない。今日も黒&黒のダークスーツにシャツは。。。まぁいい。晴天化にウロついてる不審人物か、怪しげな訪問販売者、ブローカーにでも見えたのだろう。
寺の境内=個人宅でもありそうなので、そこに住まわる住民、若いママだったのかと思う。
(一体、俺を何だと思ったんだ。。。)
挨拶も大事、第一印象も大事なのを、この春から痛感している。心中、ブツブツ言いながら、この後、更に草ボウボウの小山と、来年の大河にまつわるマトモな文化財へ足を踏み入れるのだが、それは別項で。
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俺らがいないと。。。 [居酒屋]

「もう家で食事するのに飽きたのっ?」[パンチ]
今夜も家で自炊して今週完全試合達成を狙ってたジャン妻はちょっとだけ眉をしかめてる。
まだ時刻は18時半なので、そこらで食材を買えば炊事時間は充分ある。20時には夕餉がスタートできるだろう。
だが、私はそういう気分じゃなかった。
夕方4時に、東京からバッドニュースが入ってきて愕然茫然としてガックリしてしまい、それから仕事が手につかなくなっちゃったのである。
「今夜はちょっとそういう(家で喰う)気分じゃないなぁ」
「じゃぁアンタのおごりだよ」
個人的には天然ママのGETU。。。に行きたかったのだがちょっと気分を変えた。新規を開拓するではなく、前に掲載した店に行った。
あのドロッドロのソース焼きソバの店です。
B級やきそば1.jpgB級やきそば2.jpg
B級やきそば3.jpgB級が並ぶ.jpg
カウンターでタメイキが出る俺。
「ちょっと、タメイキ止めなさいよ」
ウルサイ耳障りだといわんばかりである。それでもタメイキが止まらない。
GETU。。。や尺八の店だと店のママ、オヤジさんとのTALKもあるので、今日の私のモチベーションだとその人たちに申し訳ないと思ってこの店にしたのだが、この店に対してだって失礼というもの。
ガラガラである。
こういう気分の時は混雑してる方が気が紛れるのだが。
長い時間が経たないと出てこないソースベタベタヤキソバもこの日はすぐに供された。
安くて美味い料理なのに気分がイマイチなのである。
ネギマとつくね.jpgジャンボコロッケ.jpg
餅チーズ.jpg馬肉ユッケ.jpg
私らは諸般の事情で4月になってからいきなり異動が発表され、ロクすっぽ引継ぎ挨拶がないまま転居したのだが、東京に残してきた社員たちのウチ、数人が辞意を表明したと連絡が入った。
中にはコイツはさっさと辞めた方がいいヤツもいるが、辞意を表明した1人にMという大物中堅社員(女性)がいた。
「Mが辞める?」
私はこっちに来てからすぐにMに電話している。
「こっちに転勤になった」
「えっ。。。二人ともですか。。。だったら私。。。」
。。。の後は後述するが、そのMが私の電話に出ないのである。

Mは社内のある分野の専門家で、社内外でも“カオ”になっている。下町情の濃いキャラで感情論者、爆発物みたいなトコがあって取り扱いが簡単で難しい。私も最新の注意を払ってきた。優しい女性がキレるとタイヘンなんだってのを絵に描いた女性。
私の上役はMの対応が苦手にしていた。腫れ物に触るようにしていた。

私とMは一応は私が上役なんだけど過去に数回、衝突しています。だが周囲の仲裁もあったりして、いつの間にか自然に改善される不可思議な関係だった。後でお互い、
「あの時は何か言いましたっけ?」
「何かあったよな」
ニヤニヤしながら忘れたフリをして再会が繰り返されて数年。私の中では「Mさえ懐柔すれば他の社員は・・・」という指標になっていた。
ジャン妻は部署が違うのでMに客観的に意見ができるようです。3人で数回飲んだのと、Mと二人だけで飲んだこともあるみたい。
最後にMに電話した時、前述の「だったら私。。。」の後、受話器の向こうでこう言っていた。
「。。。もう辞めちゃおうかな。。。」
後で聴いた話だとMは泣いていたという。不満をぶつける相手がいなくなっちゃったからだと思う。

私は留守を守る伊東甲子太郎に電話した。
「Mが電話に出ないぞ。悪い噂がこっちまで流れてきてるけど何か知ってるでしょ?」
甲子太郎は最近Mと会って話したという。そうですかそっちまで伝わりましたかという口調の後で、
「マズいです。辞めるって言われました」
Mが辞める理由を聞いて愕然。
「えっ、理由はそれかよ」
その理由を最初に聞き出したのはMと個人的に親しいジャン妻なんです。ジャン妻は私とMとは部署が違うので、Mに事情聴取する時は必ず事前に上役(俺のかつての上役。俺らを黙って手放した)の了承を得て、事後に内容を報告することって念を押した。
ジャン妻はMと会食し、原因、要因、問題点を聞き出した。それが半年前のことです。
半年前ですよ。10月です。ジャン妻は内容を上役に報告してます。
その後もイロイロあったのだが、こっちへ赴任する前に、ジャン妻は私の上役へ再度報告した。私は伊東甲子太郎にMについて頼んでこっちに来た。

思い上がりかも知れないが、俺の電話にまで出ないってことは。。。
「決めたんだな。。。」
としか思えない。

カウンター、その悪いニュース暗~く、重~い気分の私。
「Mさんが退職を決めたんなら残念だよね」
「その件ってまだ(会社側が)動いてなかったのか。だいたい、Mが辞める原因、要因は、事前にわかってただろうがよ」
カウンターをぶっ叩きそうになった。
「Mと会ったのいつだっけ?」
「確か10月かな。半年前からだからねぇ」
「何で放っといたんだろ。甲子太郎は何をやってたんだ」
「それ言ってもいいと思うよ。俺がいなくなった途端にこの体たらくかよって」
「甲子太郎は、Mから辞めますってハッキリ言われたってよ」
「・・・」
半年間の間に、不信が積もり積もっていったのであろ。
処理済~Mにメールするジャン妻.jpg分析してみたら、まだ引きとめる余地がちょび~っとだけ残ってるのに気付いた。
「アンタ週末は研修でいないでしょ。アタシ東京でMさんに会って食事でもしようかな」
「それってやっていいのかな。俺らは出向者だぜ」
だが、私よりも部署が違うジャン妻が個人でMに会うことは問題ないだろう。
まだ間に合うだろうか。
「いいかも。そうしてくれ。だが会って何を言うか、言う内容によっては許可がいるだろうな」
ジャン妻は、Mにメールで繋ぎをつけた。

飲み食い終えて、ボトル空けて、もう1本キープして貰った。改めて勘定の安い店で普段は混むのも当然の店なんだが今宵は私らだけだった。
店内ガラ空き.jpg処理済~店構え.jpg
ジャン妻はMと既に会っています。その同日、私は後を託したリーダー長、伊東甲子太郎と某所で再会し、憤懣やる方ない甲子太郎と二人でMその他の諸問題を打ち合わせた。
私は出向した身なので越権かもしれない。

だが、Mの辞意以外に、東京での事態は更に深刻になっていた。
既に辞めた社員が1名。
辞めるって決まった社員が2名。
辞めたい社員がM以外に3名。
産休に入って抜ける社員が3名。
マイナス8人なんですっ!![あせあせ(飛び散る汗)]
幾らなんでもこれだけの数を甲子太郎だけでケアするのは無理だろう。社命で東京から離れた私だが、こっちで飲み食い三昧なんかしてていいんだろうか。。。[たらーっ(汗)]
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今宵も尺八が流れる。。。 [居酒屋]

今宵も店内に、尺八のBGMがせつなく流れている。
民謡だったり、洋楽のカバー曲だったり。
処理済~カウンターとオヤジさん.jpg処理済~オヤジさんー1.jpg
ペチカ
ふるさと
夏の思い出
日本昔話のテーマ
赤トンボ
月の砂漠
島歌
タイタニック
悲しいほどお天気
ホントの尺八専用の曲はちょっと難しいかもしれない。和洋問わず、何かのカバー曲がいい。
尺八(Bamboo Flute)ってもっと野暮ったい音かと思い込んでたのだが、どうしてどうして美しい音色です。
フルートではないか?って思う時もある。
「これって尺八?フルート?」
「尺八です。長さがあるんです。」
普段聴かない曲、聴いても気に留めずに耳から耳へ抜けていきがちの曲が美しく昇華していく。
やや疲れてたのが、気持ち的に洗われていく。
そのBGMの下、持病を内面に堪えながらも凛とした店主がいる。
お品書き.jpg「昨日築地が休みだったのと、今日は私が病院の日だったもんで○○○の書き換えに時間がかかっちまったもんだから、まだ仕込みが終わってないのと、お品書きを書いてないんですよ」
手書きで書いている。
私はカウンターの左端で、私の左肩上にお品書きが掲示される。
「旦那さんちょっとスミマセン。これ(お品書き)架けさせて」
架けられたお品書きは達筆というか、趣のある字です。








お通しは榛名地鶏のつくね。お通しとは思えない仕事っぷりだった。
お通し.jpg最初の一杯.jpg
「スミマセンしばらくこれで飲ってて貰えますか?でもいいですね。こんなに早くから飲めるなんざぁ」
ホントは禁酒禁煙な主人は羨ましそうである。
「タコの足やったらすぐやりやす」
凄い力でバッツンバッツン音を立ててタコをさばいていく。
「タコまにあわねぇなぁ、このタコ、もうちょっと元気だったらなぁ」
自分が病み上がりなモンだから、タコがヤワく見えるらしい。
「ええっと、転勤されてきたんでしたね?」
「そう。でもまだ一回も自炊してないんで」
「ちょっと!!」(ジャン妻)
「ああ大丈夫です。俺、耳聞こえてないから」(両手で両耳を抑える)
小上がり2席.jpg
小上がり席のグループ客がお会計になった。
「ありがとうございます。一億四千万円になります。足りなければ皿洗いでもして貰えれば(笑)」
そのお客が出てった後で、
「今のテーブルのお客さんは食べログ見て神戸からいらっしゃったんですが、持ち込みで3人ともウーロン茶なんです。それで一人八千円でお願いしますったってさぁ、ウチぁそんなに料理ありやせんよ。」
(この店は基本、持ち込み可なんです。)

「昨夜も混みやしてね。静かでいいな今日は」




処理済~オヤジさんー2.jpg処理済~オヤジさんー3.jpg
今日はこの地、最高のブランド牛、○○牛のステーキにTRYした。
私らに肉の塊を見せながら、
「○○牛、いきやすね。サシのある部分とそうでもない部分とどちらになさいやす?」
ない部分にした。
「いいですね。このクラスになると脂がね。皆さんはそうじゃないけど俺ぁジジイだから」
すぐに焼きあがったステーキがこれ。それと炙り。(タタキみたいなもの)
ちょっと角度を変えて.jpgタタキです.jpg
「旦那さん血圧は?」
ええっと、ちょっと高め。
「気ぃつけてくださいよ」

この緑色の塊はネギアボという料理名。
アボガドをペースト上にして、ネギが混ざっている逸品。
海苔で巻き、ワサビ醤油につけていただく。見た目わかんないからワサビだけくるんでもわかんないかも知れない。
ネギアボー1.jpgネギアボー2.jpg
ネギアボー3.jpgネギアボー4.jpg
北寄貝造り
ポテサラ
鱒塩焼き
クジラ刺身
北寄貝と魚2種.jpg北寄貝.jpg
北寄貝造りー1.jpg北寄貝造りー2.jpg
ポテサラ.jpg鱒塩焼.jpg
鯨刺.jpgデザート.jpg
この日は夕方から雷雨で、近所に落ちたのか、BGMがちょっとだけブツブツって途切れた。
「あれぇ?オカシイなぁ」
主人はBGMを調整する。
「こりゃぁ(音楽も)不整脈だな。カミナリの多いところでして、先だっては酒屋さんに落雷しちゃって電気がトンじゃって、冷蔵庫がダウンしちゃったって話ですぜ。あっスミマセンお客さん、ちょっと今日まだ夜の薬飲んでないんで。。。」
錠剤をパクッと飲んで目が合い、ごまかすように「鯨の刺身なんて食べられます?」
BGMが響くなか、努めて明るく振る舞う店主を見て胸が熱くなる。
「目が潤んでない?」
「・・・」

「次回は持ち込みます」
「ええぜひ、ちなみに何処のお酒飲んでらっしゃいます?」
「会津の酒で、花泉っていうのと、國権。。。」
主人はどちらかを「前にお客さんが持って来たことがあるような。。。」
処理済~尺八が流れる店.jpg
翌日の午後3時頃だったか、社用車を取りに徒歩で店の前を通ったら主人が出て来た。
「ああどーも」
「おつかれです」
店の前を通る度、いつも主人の体調が気になる。
毎週行く店ではないけど、この店の明かりが灯ってるのを確認してから帰宅します。



これより後日、主人の奥さんが店のフォローに店に来ていた時は漫才、寄席みたいだった。その模様はまた項を改めて。
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新入社員がプレッシャーを感じる上司の言葉? [コラム・雑記帳]

新入社員時代にプレッシャーを感じた上司の言葉は何か?
日用品雑貨メーカーのLIONが、こんな質問に対する若手社会人の答えをまとめた調査結果を発表した。

1位「言っている意味わかる?」
これが35.2%だって。
数年前のジャン妻の上司はこれが口癖だった。
ジャン妻だけでなく誰に対してもこの台詞を言ってたこの人は、専門用語を駆使するのはいいが、説明が異常に長く、詳しさが度を超し、要点がボヤけ、しまいに何を言ってるのかわかんなくなるのです。
一般社員には通訳が絶対に必要で、彼の言ってることがわかる、訳せるのはジャン妻だけだった。
このセリフは俺も言われたことが多々あり、「もうちょっと解り易くお願いします」って返したモンです。
その人はファーストフード店や、某コーヒーチェーン店なんかで、セットメニューを注文の際、相手に上手く伝わらない時も「言ってることわかる?」って言ってました。

2位「そんなこともわからないのか!!」
これが24%だそうです。
キッツいにはキツイけど、ド新人なんだから言われてもしょーがないし、言ってもしょーがないだろう。私だってド新人の頃、投げつけるように言われましたよ。
言われない社会人っているのか?

3位「期待しているよ」
23.6%です。
これがプレッシャーになるんか。
私は言われたことないのでワカラン。
この程度のことはプレッシャーとは言わないんじゃないか。期待してなかったら言わないだろ。それとも「コイツは無理だな」とわかっててわざと言ってんのだろうか。
私はこれって、向上する為の前向きなプレッシャーだと思う。

4位「あれ、どうなってる?」
22.4%
???
聞いちゃいけないんですかね。
中間報告を怠ってるだけじゃないのこれ?
私も指示しといて忘れる場合があって、思いだしたように言ったりします。「そういや、あれ、どーなった」

5位 「面白い話して」、「何か話して」
15.2%
こういうのは部下に言ったことない。

6位 これがややキツいかも。
「もういいよ、他の人に頼むから」
14.2%
キツいね。
でも、できなかったんだろこの若手社員は。
私だったら何て言うだろう。ちょっとわかんないです。

7位「誰々は優秀だぞ」
13.0%
秀吉と光秀みたいに競わせるのはいいかも。でも、あからさまに本人の前で比較するのはよくないと思う。
実は私、10数年前に女性社員に言って泣かれたことがあります。反省~。

8位「おい、何々(自分の名前)!」
11.6%
名前を呼んだのが何故にプレッシャーになるんだろうか。
この程度でプレッシャーになるんならサラリーマンは無理だと言いたいね。

9位「明日までにやっておいてくれ」
8.2%
やっておいてくれって言った時間帯は何時ごろなのか。
まさか17時以降だったらプレッシャーだわな。私は仕事柄や立場上、近年はこういう指示をされなくなったし、自分の口から「明日までにやってくれ」ってのは言ったことない。

10位「どうだ、軽く一杯?」
1.8%
私は新入社員を酒の席に誘ったことは一度もないです。
ガキに変な酔い方されても困るし、ガキに気ぃ遣うのもイヤだし。
中堅社員や準リーダークラスなら誘いますけど。それはこっちに魂胆があって誘います。
転勤前、ある女性社員に言われた。。
「誰々さんが言ってましたよ。最近、前みたいに飲みに誘ってくれなくなったって」
誘わなくなったのは私ではなく私の上役です。俺はセセラ笑った。
「俺も含めて会社側が飲みに誘うってのは、ソイツに会社側からの魂胆や利用価値があるから誘うんだよ。お声がかからなくなったってことはもうその価値や必要がなくなってってことさ」
女性社員は「ええっ!!」って仰天、凍り付いてましたね。ショックだったんじゃないかな。
(この誰々さんは、最近、辞意を表明しましたが、アッサリ受理されたみたい)

11位はしょーもない内容だった。何か買い物のお使いに行かせることだって。「たばこ買ってきて」とかね。
私はたばこは吸わないし、そういうお使いを頼んだことは一度もない。
自分で買いに行きなさい。付け人じゃないんだから。
処理済~新人と俺(右端).jpg現地にも新入社員はいます。
ALL平成生まれの女性です。娘みたいなトシの差。。
結構、気を遣います。ガキに何でこんな気遣いをしなきゃなんないんだって思ったりしますが、新人中堅ベテランを問わず、全社員に丁寧言葉ですます調で、標準語を話すようにしています。
寺に預けられたみたいで疲れる時がある。
勝手知ったる東京の職場みたいにいかないしな。
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屋代勘解由 [気になる人物]

屋代勘解由(やしろかげよし)、勘解由兵衛(かげゆひょうえ)、または、景頼(かげより)ともいうこの人は、永禄6年(1563年)-慶長13年(1608年)を生きた伊達家の上級家臣。
私はこのキャラを、カテゴリ「盛秀と盛継」で徹底的な悪役に設定した。主君・政宗の為ならどんな流血をも厭わず、徹底して遣り遂げる吏僚として描いた。
カゲユ5.jpgカゲユ6.jpg
この怪人は実在の人物で、平均視聴率39.7%の「独眼竜政宗」第11話「八百人斬り」で江夏豊さんが演じた。
大内定綱軍の小手森城攻撃で城内に雪崩れ込んで室内戦になった時、突然、前触れも無く登場する。
大内家の武術指南、荒井半内というのが「伊達の者ども、我が太刀風受けてみろ」と大見得を切った時、牛角のような兜と巨体がヌッと現れ、
「いざ見参、伊達の旗本、屋代勘解由」
ボソッと言った。
確か台詞はこれだけだったようだが、早業で荒井半内を斬り捨て、かかってくる大内兵を圧倒。巨体を生かしてタックルで突き倒したりもしてた。

落城後、渡辺謙の政宗の前に大内軍の投降兵が引き立てられ、西郷輝彦の片倉小十郎が、「(大内)定綱殿は何処か」と尋ねるが投降兵はいずれも答えない。
三浦友和の伊達成実が「斬れっ」と命じて誰が斬るのかと思いきや、無言の屋代勘解由が江夏豊さんだけにサウスポーただ一撃で斬殺する。迷いなど微塵も見られない。
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カゲユ10.jpgカゲユ12.jpg
この後、タイトル通りの小手森城大虐殺、籠城した兵、農民、老若男女800人が殺戮された場面は解説が流れたのみ。なので余計に怪人・屋代勘解由の印象が強烈に刻まれる。視聴者は800人に直接手を下したのはこの牛角の左利きの怪人だと思うだろう。
この第11話だけで大根ながら強烈な印象を残している。
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800人斬り4.jpg伊達ファンでもこの撫で斬りは避けて通れない。史実ではこの小手森城だけではなく、会津侵略の過程で高玉城、安子ヶ島城、和泉田城でもやらかすのだが、この800人という数字は、政宗が最上義光に宛てた書状の数では総数1000人。
会津口檜原城を守備する後藤信康宛の書状では200人。
大滝秀治の資福寺虎哉宗乙宛ての書状では800人。
数の真相はどうあれやらかしたのは事実。東北諸州の大名は戦慄した。


処理済~小浜城2.jpg小浜城石垣.jpg
小浜城1.jpg写真は2007年の9月に行った小浜城と宮森城。
この時、小手森城にも行った。だが遠目に見ただけで写真も撮っていない。小手森城は小浜城の支城です。
第12回で北大路欣也さんの伊達輝宗が、石田太郎さんの畠山義継に拉致されたのが宮森城です。







宮森城入口.jpg宮森城説明版.jpg
宮森城土塁.jpg宮森城主郭.jpg
江夏豊さんの屋代勘解由は、北大路欣也の伊達輝宗が石田太郎の畠山義継に拉致された第12回「輝宗無残」やいかりや長介さんの演じた鬼庭佐月が戦死した13回「人取橋」でも巨体と牛角が画面に見え隠れてたが、事実上ドラマでの出番は終わったとみてよい。
カゲユ2.jpgカゲユ3.jpg
カテゴリ「盛秀と盛継」の構想中、会津若松駅前の書店で収集した資料本を見てたら、伊南と伊北の境目、和泉田城攻防戦でこの屋代勘解由の名前があったのに驚いた。
加えて和泉田城兵でも撫で斬りがあった。この辺りが会津に伊達政宗関係の事跡が過少な理由かと思うが、この撫で斬り、大量虐殺は小手森、高玉、安子ヶ島には政宗がその場にいて命令したと思うが、和泉田城には政宗は従軍していない。
では屋代勘解由は独断でやったのだろうか。
それもどうかと思い政宗の命ということにした。政宗の影を背負っていると自負する忠実な吏僚、「政宗公の命令なら誰かがやらんきゃならない。俺以外にやれる者がいるのか」という設定にした。

会津側の資料には、この和泉田城攻防戦では屋代勘解由は“討ち死に”という記述があったのだが真贋のほどはわからない。
屋代勘解由はその後も登場する。
秀吉の奥州仕置により、政宗は会津を取り上げられる。
宮城県北部~岩手県南部を領していた葛西氏、大崎氏も改易され、旧臣が反乱する葛西大崎一揆が起きるのだが、これは裏で政宗が一揆勢を煽動したという説があり、奥州仕置で会津他を没収された政宗が失地回復を狙って一揆を起こさせ、木村という新領主を失脚させ、自分で煽動しておきながら後で一揆を鎮圧し、その恩賞として葛西大崎旧領を我が物にしようとしたというもの。
これがバレた。政宗は秀吉に疑われて上洛、釈明する。「一揆煽動の証拠檄文は偽造である」とシラを切るのだが、その証を立てる為に(実は証拠隠滅)、桃生郡(現在の石巻市)の須江山という地に一揆の主犯格を呼び出し、屋代勘解由に命じて皆殺しにした。

屋代勘解由は秀吉のロクでもない外征、文禄の役で政宗が朝鮮に出兵している間、当時の伊達氏の居城であった岩出山城の留守居を任されている。
この頃、有名な挿話がある。
三浦友和さんが演じた伊達成実の出奔に屋代勘解由は関わってまた有名になるのだ。

葛西大崎一揆の後、秀吉は政宗に葛西大崎13郡を与えたが、本領12郡を取り上げて蒲生氏郷に与えたので13マイナス12だが、葛西大崎領は一揆により荒廃の地だったので実質14万石ほどの減俸になってしまった。
当然、家中の知行は減る。
荒地を宛がわれ困窮した上級家臣団たち、伊達成実、鬼庭綱元、国分盛重、遠藤定信といった有名家臣が出奔する騒動になった。
よりによって伊達の親族、伊達成実の出奔に政宗は烈火の如く怒った。政宗の命で成実の妻子が籠城した角田城を接収し損ねて皆殺しにしたのがまたしても屋代勘解由。
独眼竜政宗では矢代兵衛と別人扱いになっていたが実際は同一人物であろう。
カゲユ1.jpg
だが、屋代勘解由は己が信じた政宗に追放される。
学研の歴史群像シリーズには、屋代勘解由が追放されたのは伊達成実が帰参してからのことだという。政宗と成実の和解の影で、屋代勘解由追放の理由は「百姓の評判が悪い」というもの。
取って付けた理由だが、要は家中でも彼への不満が長年積もり積もっていたのでしょう。失意の屋代勘解由は越前(一説によると近江)で死去したとされるが、それまでは遺恨がある筈の伊達成実の保護下にあったというがこれはまた別の話になる。

政宗の汚れ役だった屋代勘解由の享年、墓はわからず。
ホントに左利きだったのかどうかもわからない。
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小幡の城下町 [隠れ郷土史]

相関関係が非常にヤヤッコシイので詳細は省略するが、フィギュアスケートの織田信成選手は、家系では信長の七男、信高の系統で、血統は代々の途中から信長の次男、信雄の血統だそうです。
信長生前時、織田一門の席次は信忠、信雄、信包、信孝の順だった。
天正9年(1581年)、こういうイベント、デモンストレーションが大好きな信長の馬揃えでは、率いた騎馬衆の数でその席次がうかがえる。
信忠80騎、
信雄30騎、
信孝と信包が僅か10騎、
この20騎の差は大きいのだ。

信雄が賢い人だったかったかというと、どうも全然そうではなかったようで、スケートの織田選手には申し訳ないが、この信雄という御仁は、どの書物を見ても、暗愚、愚鈍、「三介殿(信雄)のなさる事よ」といった嘲りが多く、バカの見本のように描かれたりしている。
家康を巻き込んで秀吉と対決途中で突如独断講和したり、家康の旧領への移封命令を拒否したら秀吉の怒りを買って改易され、関ヶ原でも傍観してまたまた改易されたりしている。
時勢、時流が読めないのか単なるKYなのか、どれを取っても信長の血族にしてはしょーもない逸話ばかりである。
真偽の程は定かではないが安土城を焼いた犯人説なんてのもある。

豊家に出仕したが大坂冬の陣直前に徳川方へ転身した。大阪城内部での間者説もある。

その信雄が、豊家滅亡後、最後に貰った領地が大和国宇陀郡と上野甘楽郡なのだが、私が今、立っているこの地、甘楽に「楽山園」という優雅な庭園を造成した。
ホントに信雄がこの地に在住していたかどうかはわからない。四男、信良にここ、上野小幡藩2万石を分知して、自らは京都に隠居し、茶、鷹狩など悠々自適に暮らした日々だったともいう。

甘楽町役場を過ぎるとその城下町はある。
庭園に向かう公道の中央には川が流れている。
小幡藩由来.jpg町並み1.jpg
町並み2.jpg町並み3.jpg
町並み4.jpg町並み5.jpg
くるまだとあっという間に過ぎてしまう。できれば歩いて旧道側を散策した方が趣はあるが、ちょっとくるまでないと行けない距離でもある。
大手門跡地の先を右折、駐車場に止めて庭園方面へ歩いて行くと、当時の家老たちの末裔がそのまま現在の住宅地になっていて、民家の玄関に食い違いの小口があったり、住宅が石垣で囲まれていたりした。
城下町小幡.jpg民家の小口.jpg
その先に幟がはためいていた。
信雄を筆頭に、この地、小幡の藩主たちの幟。
はためく幟.jpg復元1.jpg
幟は信雄から始まっているが、どうも初代は信雄ではないようで、
初代 織田信良(ノブヨシ) 従四位下 左少将 織田信雄の四男
二代 織田信昌(ノブマサ) 従四位下 兵部大輔 織田信良の子
三代 織田信久(ノブヒサ) 従四位下 越前守 侍従 大和松山藩主織田高長の四男
四代 織田信就(ノブナリ) 従四位下 美濃守 侍従 織田信久の三男
五代 織田信右(ノブスケ) 従四位下 兵部大輔 織田信就の四男
六代 織田信富(ノブトミ)  従五位下 和泉守 織田信就の七男
七代 織田信邦(ノブクニ) 従五位下 美濃守 織田対馬守信栄の四男
そこから先は、ある事件に連座して改易される。

庭園はその先にある。復元です。
入園料は300円。平日なのでガラガラだった。
名勝説明版.jpg復元3.jpg
復元2.jpg復元4.jpg
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庭園2.jpg庭園3.jpg
庭園4.jpg庭園5.jpg
庭園1.jpg殿さま気分.jpg
信長の子孫は、信忠の子、三法師秀信が関ヶ原西軍について絶えた後は、信雄の子たちが結果的に嫡流となった。
名のある家ではある。
近い傍系に信長の末弟、織田有楽斎の系統他がある。都合、4家あるようです。
私が平日、休憩がてら歩いている庭園の小幡藩、ここの織田家は嫡流として小藩ながら“国主格”を与えられていたが、ある事件に連座して特別待遇を剥奪された。結果、山形の天童藩で存続する。

わかったようなフリして書いてますが、この城下町と庭園は偶然、見つけたんです。それまで全く知りませんでした。途中、バイパスから見える田んぼの中に「織田宗家の郷」とか看板があったので気づいた次第。
移動中に偶然見つけて寄り道したのだが、なかなかの趣のある街、庭園だった。
庵から見下ろす2.jpg庵から見下ろす1.jpg
この庵、上がることもできるが、縁側に腰掛けるだけにとどめた。
庭を見ながら、しばし、時を忘れた。
都会のことも忘れた。
東京神奈川に残してきた社員たちのことも忘れちゃった。。。
(この日の夕方、東京の中堅リーダーからちょっとヤバい報告が来てアタマを抱えることになるのだが。。。)

「仕事中に、入場料まで払って。。。」[パンチ]
「いや、、、移動中だよっ」[あせあせ(飛び散る汗)]
ちょっとブレイクしたつもりが、案外、時間が経ってました。
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