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鳥佳の丼たち。 [居酒屋]

焼鳥丼.jpg「鳥佳」の焼鳥丼です。
親子丼みたいな大きい器じゃない。手の掌くらいの小さい器。
どんな具が載るかはその時によって違います。遅い時間になったらヤマになっちゃったのもあるし。「ええっと、今日できるのは。。。」基本はマスターにお任せですね。






つくね月見丼.jpg月見つくね丼
見た目は豪快なんだけど、ご飯が焼鳥丼より汁が薄いの。汁というかタレはつくねの肉に吸収されちゃってご飯に汁が混じり難いのね。卵かけご飯みたいになっちゃったりする。
この日はこれ以外に、つくねをタレ&塩で1本ずつ喰った後でこの月見つくね丼をいただいたので、つくねを都合5本も喰ってしまった。
つくねに付け合せた椎茸に唸った。
タレ焼きの椎茸って美味しい。私はあまり椎茸は好きじゃないんだが、この店のこの料理で初めて美味しいって思った。

親子丼1.jpg親子丼
藤沢にあった「久昇」支店の親子丼を上回る。恐るべき汁ダクである。
一度、マスター不在の木曜日に、若手が夜食がてらこの親子丼を喰っていたが、卵の黄身だけ取って落とす芸当ができないらしく、留守を守るおねーさんに「黄身だけお願いします」って頼んでたのには笑えた。
では私はそういう芸当ができるかって?
できるわけないじゃん。


牛さがり丼.jpg牛さがり丼
この店で一番、高い料理は刺身五点盛り1800円だけど、その次に高いメニューです。
1200円なんです!!
いつもあるとは限りません。






煮込み豆腐入.jpg他に、煮込み丼ってのがあるんだけど、私は喰ったことがないです。
左写真の煮込みを飯にぶっかけるとどうなるんだろうか。
煮込みってすぐヤマになっちゃうんだな。冬場、寒い時期は仕方がないですね。



処理済~マスター&看板娘.jpg鳥佳.jpg
しばらくはこの店ともお別れですが、残りもう一譚だけUp予定。
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鳥佳オフ会 春夏秋冬みみん女史。。。 [人間ドラマ]

お逢いしたかったブロガーの女性がいる。
偶然に出会うなんてそうそうあるワケないが、できればいつかはと邂逅を願っていた。それが転勤が決まったことで、その前にという流れになって、ついにその時が来た。

崎陽軒ネタで初めてコメをいただいた。その後、一旦、行方がわからなくなっちゃったのだが、十兵衛さんのBlogでお名前を再発見し、ドリームランドの外周列車で引っ張り込み、いろいろとコメをいただくようになった。
地元の方でホント、近所にいるらしいのが徐々にわかってくる。
微妙なニアミスがあってドキッとしたりもした。Blogを開かれ、記事を見て、「この店、この界隈に出没されるのか。。。」って唸った。
私の生活圏内でジワジワと真綿で首を絞めるように近づいて来られたのです。周囲や背後を気にするようになった。
ヤッベぇなぁ。こりゃぁ思い切ってお会いして、こっちの正体をバラした方が身を守れるな~って思うようになった。文体を見ると何とはなくお人柄が良さそうだし。転勤を機に私から申し入れました。
場所はもちろんここ。上大岡の「鳥佳」
光る鳥佳1.jpg光る鳥佳2.jpg
オフ会というのが初めてだったようで緊張、警戒心を解いてあげましょうと、私はお会いしたことのある女性ブロガー(リンクしている方)の名前を2名あげて「数回、お会いした方もいるから大丈夫ですよ」って保証人みたいにしてしまった。そしたらちょっとは安堵したみたい。

この日は「先に行ってお迎えするのがルール」という意識で予約時間より早く行って、右暖簾の引き戸を開けたらカウンター、マスターのまん前に、酔いつぶれて突っ伏して寝てるヤツがいるじゃないの。
店の看板娘さんは俺がカウンターを好むのは承知されてるので、「マスター、起こしましょうか」って決裁を仰いでいたが、私は「いや、今日は俺ら離れだから」と声かけして、看板娘さんに連れられ、裏の離れ、1階の禁煙席へ案内された。
女史を待つ風景.jpg離れ1階1.jpg離れ1階2.jpg
お会いする前の事前情報からすると、俺らよりお若いみたいだけど、何だか好みがシブそう。
宿とか古書とか飲み屋とか。私にとっては「鳥佳」や「丸大ホール」に行くきっかけを作って下さった方です。
どんな女性が現れるか。
春夏秋冬みみん女史(以下、M女史)がスタッフに案内されて登場。第一印象から最後までジャン妻と同意見だったんだけど、「可愛らしい方だね~」(ジャン妻)
挨拶の後、手探りという感じでスタート。
レバ3本.jpg鳥ネギ3本.jpg
女史はシブい温泉宿によく行かれてる。
菊華荘、新井旅館、花や。。。
私はちょっとそういう宿にはご縁がない。拝見するだけで充分ですが。「床がギシギシ鳴るくらいの宿がいいんですか?」って訊いたら「そうなんです」って。
ここでは書かないけど、「えっ?」ていう意外な宿にも行かれているようですね。
つくね3本.jpg肩ロース.jpg
温泉にも拘りがある。
私らはあまり拘りはなく「臭わなきゃいい」というもの。M女史は「硫黄の香が付着するくらいなのがいいんです」って仰ってた。
「何で硫黄が嫌いなんですか?」(M女史)
「だって臭いから」(ジャン)
「この人は草津とかああいうところはダメなんですよ」(ジャン妻)
「那須とか蔵王とかもダメ」(ジャン)
「ええ~(残念そうに)、あの臭いがいいのに~。湯上りに体中に付いてるのって最高じゃないですか。硫黄アロマとか」(女史)
硫黄アロマ?
そんなんあんのか。「はるばる行った湖山荘なんかそこらじゅう臭かったですよ。それと離れは合わないんですよ」(ジャン)
「湖山荘は私も行きましたけど、確かに離れだと閉ざされちゃいますからね」(M女史)
刺身5点盛.jpgアスパラ巻.jpg
お酒にも拘りがある。
何でもありかと思ったら蒸留酒が苦手だそうです。でもお酒に強い女性(ヒト)でしたねぇ。グイグイ飲まれてた。「ビールは水がわり」だって。私も弱い方ではないのでいつもより多くススんだ。
私は熱燗だが、女史はぬる燗がお好みのようで。でも注文時、お品書きに載ってない酒を若い衆に注文してるなと思ったら、それは家で普段飲んでる銘柄だったり。
最大の拘りは、シウマイ弁当の置き方。
「崎陽軒の弁当の表紙は縦書きになってるのに、食べる時に横向きにするのは考えられない」(M女史)
それって食べ難くないのかな。これは譲れないらしい。

「蕎麦宿でどういう怪我をされたんですか?」って訊かれたけど、3針縫う怪我はそこだけ記憶がトンでるんです。覚えていないんです。
骨折は脱衣所で履こうとしてコケて足の小指に全体重がかかった。「宿で怪我したり体調崩さなけりゃ真の常連とはいえない」と、己のドジを棚に上げて負け惜しみを豪語する私。
その会津蕎麦宿や甲斐南部の宿にもM女史はご興味あるみたい。M女史は甲斐那部の宿のモデル旅館だった一つ、岩の湯にも行かれています。
私は甲斐南部を「いやぁ、あの宿はお湯が弱いし、モダンだし、古くないですよ」ってあまりおススメしなかった。蕎麦宿はススメたけど。
「お湯はふんだんに出て、飲めるくらいに出て、それをアピールしないって凄いですよね」(M女史)
厚揚げ.jpg氷が丸いゾ.jpg
最初は構えてたのが段々慣れてくる。
「Blogでの会話とホント同じように会話されてるんですね」(M女史)
「でもアタシはこの人のことを“アンタ”呼ばわりなんてしてないんですけどね。そこは変えて欲しい」(ジャン妻)
ジャン妻とM女史はともに名古屋に住んでいた時代があるという共通点があるが、私はジャン妻の名古屋時代は知らないんです。喫茶店のコーヒーにオマケがついてるとか何とかっていう文化も知らない。
M女史の名古屋滞在はご主人の転勤によるものだそうです。
「都会が嫌みたいなんです」(M女史)
ここで地方都市の話題になって、静岡の「紀尾井」や浜松の「貴田乃瀬」とか。「紀尾井はともかく、貴田乃瀬は高いよ。フォアグラの焼鳥風が確か3000円くらいするし」(ジャン)
「私たちがたくさん飲み食いして3万でお釣りが来る程度。。。」(ジャン妻)
M女史は可愛いを目を引ん剥いた。「高いですねぇ」
でも行く価値はある。行ったら相当な散財になるだろう。
焼きおにぎり.jpg鳥スープ.jpg
M女史は「転勤したらその方面の温泉も紹介して欲しい」と仰せなのですが。。。
「う~ん、どなたかもそんなこと言ってましたね。でも今年は新規の宿は行かないって宣言しちゃったからなぁ」(ジャン)
実際、今んトコ、その方面の宿にあまり興味ないのね。
「でも、せっかくそっち方面に行くのにモッタイないかなぁ」(ジャン)
「そうですよ。是非、是非。。。」(M女史)
処理済~スープをすするみみん女史.jpg地元ネタの流れで意外な接点が判明した。
遥か20年前、私がいた場所のすぐ前で働かれてたのと、時代はズレてるけど私がいた場所と全く同じ場所にM女史のお身内がいらっしゃったのが判明した。
それと決定打が判明する。もしかして多分そうだろうなぁって思ってたんだけど、M女史は私の高校の後輩さんだったのです。後輩たって学年はかなり離れていますよ。当時の教師さんが少しだけ重なった。M女史が大好きだった教師に私は因縁をつけたことがあるんだけどまぁそれはいいや。
M女史は自転車で通っていた。
「朝の連ドラを観てから家を出ました」(M女史)
朝の連ドラ?それって確か8時半に終わるのではないか。(8時15分だっけ?)
「それって。。。」(ジャン)
「そう。完全に遅刻です」(M女史)
あまりそういうのにウルサくなかった高校だった。
「鉛筆で書いてあった登校時間を後で修正したりぃ。。。」(M女史)
私はそこまでしなかったが、こうなるともう初めて会ったという気がしなくなって来た。数年来の知己(チキ)というか、旧知の如き感情が芽生え、私らもすっかり和んだが。。。
時間というものは残酷なものでございやす(CKB)。
こういう時の経つのは早いものなのだ。

ドラマの世界で、複数いる主人公が出逢わないまま過ぎてっちゃうニアミスのジレッたさ、もどかしさ、歯痒さを感じていたのだが、今宵、ようやくそれが払拭されました。
時間は足りない。
でもそれでいい。また逢うでしょう。偶然ではなく必然だったのです。これで心置きなく赴任できるというもの。
「鳥佳」マスターにも転勤の旨を告げ、握手してお別れ。

大久保橋を渡って上大岡の夜に溶けて行く、ジャン妻と春夏秋冬みみん女史の後姿。
後姿その2.jpgジャン妻とみみん女史.jpg
知り合えて心に灯った灯を抱いて旅立つことにします。
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鳥佳でジャン妻と痛飲のこと。 [居酒屋]

この日はJRが人身事故で運転見合わせになっちゃって、俺は例の駅、ムサコ、武蔵小杉駅で東急に乗り換え、京急~上大岡経由で帰ろうとしたんだけど、ジャン妻も品川から満員スシ詰めの京急で上大岡まできたら、そこは夫婦、同じ快速特急だった。上大岡駅改札で合流!!
俺は機嫌が悪い。
「鳥佳につきあえ」
「・・・」
時間は22時前だったかな。もう空いているだろう。右暖簾が混んでても、左暖簾でもいいやっていう気分だった。そしたら右暖簾はガラガラだった。マスターの公休日、木曜だったからかも知れない。
苦肉の策.jpgジャン妻と小テーブル席。そのテーブル席右には開くのか開かずの窓?があって、そこの古い鍵、グルグル廻してかける昔ながらの古い鍵が付いていて、そこから紐、ロープが命綱みたいに延びていて、窓の桟に置いてある串入れ、醤油、七味、箸入れが落ちないように引っ張っている。
「この紐をちょん切ったらどうなるか」
「・・・」





ちょっとイラついてる私は伊東甲子太郎に憤懣をぶつけて来た帰りなんです。
これはですね。
俺らが社長に転勤の辞令を受けた時、ジャン妻の上役は2名いたが、俺の上役はいなかったんです。
「何故、彼はこの席にいないんですか?」って社長に問いただしたら、「彼は関係ないから」というんだな。
何かあるぞ。
どうも上の意思伝達が上手くいってない感がする。
アタマに来た俺はキタを向いて上役と2週間口を利かなかった。社内緘口令を盾にとって連絡を取らなかったんです。
そしたら2週間後に連絡が来たの。2週間ですよ。
「よく俺ら2人を手離しましたね」って皮肉を言ってやったら、「手離すも何も、もう二人を抜くからって決まってたんです」とか言い訳してやがったよ。

甲子太郎にこう言った。
「アイツ(上役)は俺ら(私&ジャン妻)に何も言って来ない。アイツの知らないところで決まったってぇ?当事者たる俺らに何かひとことあってもいいだろう」(俺)
「その通りだと思います」(甲)
甲子太郎は甲子太郎で困ったことになっていて、俺らがいない分、上から「お前がこれをやれ」みたいなのがドンと押し付けられたらしい。
「それはやりますけど、この店を抜けないと無理なんです」(甲)
「抜けるの?」(俺)
「・・・」(甲)
抜けるったって今年1月に入ったばっかじゃんか。前向きな彼にしては表情が暗いのだ。
「抜けられるの?」(俺)
「そうなんですよねぇ」(甲)
どうもいつになくキレが悪い甲子太郎。

「何年行かれるんでしたっけ?」(甲)
「短くても1年とか言ってたけど。でもホントに関係を築くには1年じゃ足りない。2年は行かないと」(俺)
「そ、そんなに?ちょっと長過ぎません?」(甲)
「もうアイツ(上役)んトコには戻りたくないって気持ちの方が強いね今は。アイツはU子でもD子でも見捨てるのが早いんだ」(俺)
「・・・お二人ともいつかは帰って来ていただかないと」(甲)
ホントにそう思ってるのかな。まぁそういうことにしておこう。
「帰って来れたらね。君の片腕になるよ」って言ってしまった。

こんな会話の後で電車が止まっちまったら機嫌のいいワケがない。
ジャン妻もオカンムリである。
「今日、1日、本社に彼(上役)といたけど、彼、何も言ってこないんだよね。それってどうなのかってアタシの上司も言ってたもん」
夫婦で同じ憤懣を持ったまま「鳥佳」に来てしまった。でもさすがにカウンターだと悪いなと思って、小テーブル席にしたというワケですよ。
お互い憤懣ブチまけるような感じになった。
「部下を守ろうとしないんなら、こっちだって帰りたくないよね」(ジャン妻)
声高には話してないつもりだが、どっちかが聞き役になるというのでもなく、二人して同じヤツに不満があるので収拾がつかなくなった。
本日の美味.jpg品切れリスト.jpg
あまり機嫌がよくない俺らのとこへ、「今日はこれがヤマになっております」ときたモンだ。
ありゃりゃ。レバーがヤマかい。

鳥ネギ.jpgつくね.jpg
ロース.jpg冷しトマト.jpg
レリーフ.jpgこれはWCの中にあった。
「ジャンさんがWCに?」って声が挙がりそうだが私だって必要に迫られたらWCくらい行きますよっ。遠いだけですっ。
で、このレリーフは見ての通り、食べログ2010の何かに選ばれた記念レリーフ。
だが、何故、WCに置いてあるのか。
小さい店だから置き場がないからかな。





処理済~酒がススムぜ.jpg焼酎のボトルです。
確かこれって昨年11月に入れてそのまんまになってたのを今頃になって思い出した。
今頃思い出す俺らもどうかと思うけど。私は一人で来る時は燗酒を決まった量飲んでお店にお金を落とすいいお客さんなのですよ。






この刺身、絶品です.jpg見て下さいこの刺身の盛り。
これって盛り合わせじゃありません。〆鯖と、ホウボウとサヨリを別々にオーダーして一皿に盛ってもらったの。
この〆鯖が絶品でしてね。焼き鳥屋で出すものを超越している。







鳥スープ.jpg〆の焼きお握り.jpg
そうだ。あの予約の確認をしないと。
「〇日の離れ、何時だったっけ?」
これはある大事な人と大切な会食の予約確認です。
その人とは誰でしょう。
処理済~WCに向かうジャン妻.jpg処理済~悲憤慷慨してグイグイ飲むジャン妻.jpg
右暖簾と看板.jpg闇に映える.jpg
最初は機嫌が斜め以上だった俺らだが、この店の右暖簾で飲んでて気分が悪くなるワケがない。
キリよくお勘定して出ました。

出掛けに放った捨て台詞。
「マスターがお休みだと、皆、ゆったり落ち着いてお仕事されてますねぇ」
ジャン妻と店の女性は固まってたが、店の留守を守る細身の男性が、
「いえっ、今日みたいにマスターがいない日だと、俺、寂しくて寂しくて・・・」
「ホントかぁ。。。」
随分クサい芝居でしたよ。まぁいいか。
「まったく、何てことを。。。」(ジャン妻)

さて、次回の「鳥佳」ではついに、あの方との邂逅が待っている。
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大阪市我孫子の「豊さん」 [居酒屋]

太田和彦氏も仰っていたが、大阪の居酒屋のレベルは高い。
東京が低いというのではないですよ。高くて美味いのはアタリマエだが、大阪は安価でありながら、料理にひと手間ふた手間かけた丁寧な仕事っぷり。
「だって、大阪や関西でマズい食い物出したらその店潰れるよ」(ジャン妻)

神戸三宮や和歌山で飲んだくれてた時期があったが、大阪は乗り換え駅で素通りが多かった。私は和歌山市ほど大阪界隈に詳しくないのですが、この店「豊さん」、おそらくは店主のお名前かと察せられます。天王寺駅から4つめ、堺市に近い我孫子という地のちょっと裏に入った路地にある。
小さい店で、L字形のカウンター10席程度と、2席の小テーブル席が2つのみ。店主、豊さん一人で営っている。
私らは「何して遊ぼ」のヒロさんに導かれて3人で入ったが、初めての客は入るのにちょっと度胸を要するかも。
店主は髪短く、恰幅がよく、威圧感をちょっとだけ感じさせる。本場所で城内警備をしてる親方みたいに見えます。でもきさくです。
開店前?.jpg強引に開けようとしているところ.jpg
私らは開店前の早い時間、確か17時30分くらい入って22時くらいまでいたんだけど、他には目つきの鋭い会社員1人、若い女性2人、子供含めた家族連れ4人が入れ替わり入ってきた。
ガキのクセに今からこういう店に出入りしてたら将来どんな大人に育つんかと思う。
お品書き1.jpgお品書き2.jpg
お品書き3.jpgまだ外は明るい.jpg
料理に唸らせるものがある。
揚げ物が多いのは最近、ジャン妻が家で揚げ物をしてくれないからだけど、春巻きの甘さと香ばしさと歯応え。ジューシーなミンチカツ。
鳥の唐揚げ。パッと見、豚の各煮に見えますが唐揚げです。タレに浸してあって、日本蕎麦の汁を甘くしたようなタレだった。
春巻き.jpg鳥唐揚げ豊さん風.jpg
串揚げ.jpg鳥モモ塩焼き.jpg
ミンチカツ1.jpgミンチカツ2.jpg
唸ったのがマテ貝の酒蒸し。。。というか小鍋。汁に貝のダシがた~っぷり出ている。これを取って置いて貰って後で、雑炊にして食したら過去に喰ったどんな雑炊よりも美味かった。
マテ貝の酒蒸.jpgマテ貝酒蒸の汁で雑炊.jpg
アスパラてんぷら.jpg牛スタミナ焼き.jpg
マグロと鯛.jpg生牡蠣.jpg
しまった。エビマヨを喰うの忘れた。
酒は。。。吉野なんとかいう日本酒を2杯と、ヒロさんおススメの焼酎。この焼酎は洋酒、バーボンのような味だった。

茶そば.jpg退院後、ヒロさんはスリムになった。
毎日、腹筋とスカットを3000回・・・じゃなかった、100回(でしたよね?)欠かさないんだって。そのヒロさんの右隣に座った若い女性2人が、「ウチら納豆食べますよ」
何でそんな話題になったかわからないが、
「ホンマか。何で喰うんや?」
「何でって・・・」
外へ連れ出して説教でもクラワしかねないくらいホント、お嫌いのようですね。でも大阪の人でも納豆を喰う人がいるってことが証明されたこの店に納豆関係の料理はないです。


後でZ女史に「大阪で飲んだ時、隣の女性客が、ウチら納豆食べますよって言ってたよ」って言ったらヒロさんと同様に目を剥くだろう。
女史の長男は浪人しているけど、どうもヒロさんのご長男(合格しましたストレート)と同じ大学を受験したらしい。これを言ったら言ったでまた目を剥くだろうな。そんな話題、カテゴリ人間ドラマネタと、俺らの転勤の話が出ました。
ヒロさんに、転勤先での強力なアドバイスを頂戴しました。
それは私の「見た目とのギャップが武器ですよ」というもの。
へぇ。
そうだったのか。では転勤先では暴言吐かず、その路線でいこかな。

かなり長時間腰を据えて飲み喰いしました。最近、酒癖の悪いジャン妻はこの夜はしっかりしてましたね。事前に言っておいたんですよ。「先に酔っ払って“もう帰ろ”とかヌカしたらクラワすぞ」って。ゆ~っくりゆっくり飲んで最後までシャンとしてた。やればできんじゃねーか。
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クリニック [コラム・雑記帳]

何だこれは?.jpg名医かも.jpg
大阪我孫子の居酒屋「豊さん」に行った時、我孫子界隈はBHがなく、ここ天王寺駅近くのBHに泊まった。
翌朝、気付いたんだけど、そのBH近くにあったクリニックがこれ。

「何これ?」(ジャン妻)
「???」(私)
ぢ?
赤字でデカデカと。
インパクト絶大。思わず噴出したけど、確かに一度見たら忘れないだろう。
辻って“つじ”で変換されます普通はね。このクリニックのドクターはつぢ先生なんだろうか。
こういうのって本人はともかく、ご家族は反対しなかったのかな。
これって大阪ならではのギャグ、文化なのだろうか。東京にはこういうのってないです。
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ガキどもの社会科自由研究 [隠れ郷土史]

横浜の元町~本牧の通りを歩いていたら、前方から小学生数人がやってきて話しかけられた。
「〇〇小学校なんですけれど、今、お話いいですか?」
「俺は忙しい」
悪いなみたいにブッキラ棒に言ってその場を離れた。
処理済~ガキ.jpg別に忙しくはない。
ガキは嫌いだし、相手をするのが面倒くさかっただけ。ところがその先を歩いてったら、また同じ小学校生徒の別のグループに捕まって話しかけられた。
「〇〇小学校の者なんですけど、妙国寺について調べています。妙国寺って知っていますか?」
またかよ。
ガキってのはいい度胸をしてやがる。
「何だって?」って問い返しながら振り向いたら、最初に話しかけた生徒たちがこっちを見てる。自分たちの時は忙しいって避けられたのに~みたいな視線を感じた。
「一体、何をやってるんだ?」
「妙国寺っていうお寺がどれだけ知られているかを聞いてまわってるんです」
社会科か何かの授業、課題らしい。察するところ、教師に課題を与えられ、A班B班とかに分かれて屋外インタビューを敢行しているのだろう。
「妙国寺ねぇ・・・」
戊辰戦争の後、会津藩主松平容保公が謹慎してた寺ではないかという印象があった。だがそれは会津若松市内の寺。
「知らないけど、日蓮宗か曹洞宗じゃないかなぁ」って真面目に答えてしまったのである。
ガキどもは固まった。
表情が強張った。手強いと思ったか、このオッさんに訊いても無駄だと思ったか。
「あ、ありがとうございました」
ちょっと待てもう終わりかよ。インタビュー用紙を見せてみろってひったくった。
インタビュー用紙を見せろ.jpg見たら妙国寺ではなく、妙香寺だった。ミョウコウジである。そのインタビュー用紙にはこうあった。
①妙香寺を知ってますか?(はい、いいえ)
②妙香寺について何か知っていることはありますか?
③妙香寺に行ったことがありますか?
④何のために妙香寺に行きましたか?
⑤妙香寺にどんなイメージを持っていますか?
つまんねぇ質問ばかり。ここ、本牧の地元の寺らしいが私は知らない。⑤までたどりつかない。①でもう、“いいえ”でおしまいである。
「何処にあるんだこの寺?」
班長っぽい男の子が、あっちって東の方角を指差した。
しかし最近のガキはいい度胸をしてやがる。ガキ相手にしてるのを知らない人が見たらどう見えただろう。私は繁華街でも居酒屋や風俗の呼び込みにさえ滅多に声をかけられないのだが。

では妙香寺とは何なのか。
ガキめ、俺を知らないと思ってバカにしやがったなとずーっと思ってたので、先日、行ってみたんです。本牧本郷の北、現在の上野町の高台にある日蓮宗の寺だった。
この寺の何が有名なのか。
境内に碑があるのだが、「日本吹奏楽」と「君が代」、この二つの発祥地だという。
寺の登り口.jpg急な石段.jpg
境内の門構え.jpg碑が並ぶ.jpg
国家「君が代」(現在のではなくその前、初代のものという)は明治3年9月8日、越中島での天覧調練で初めて演奏された。
リハーサル、練習は何処で行ったのか。
生麦事件~薩英戦争の後、薩摩藩とイギリス軍に戦った者同士の交流が生まれる。
明治2年(1869年)、鹿児島湾に停泊中の軍艦でイギリス海軍軍楽隊を見た薩摩藩主(誰だろう?)が、軍楽隊、ブラスバンドを見て興味深々。国や軍の洋式化推進の為に指導を要請した。
横浜市中区山手本牧付近にいたイギリス陸軍第10連隊第1大隊付軍楽隊の隊長が、薩摩藩洋楽伝習生30人に吹奏楽を指導した。この隊長が後に日本の国歌となる「君が代」(初代)を作曲するジョン・ウィリアム・フェントンという人。
(ジョン・ウエットンではない。フェントンです。ウエットンは確かキングクリムゾン。。。)

最初は楽譜の読み方、信号ラッパを使った練習だったが、明治3年(1870)に金管楽器が届き、現在のブラスバンド編成に近い編成になり、フェントン氏は週4回ほど演奏指導を行う。
この時、習った伝習生が寄宿していたのがこの寺、妙香寺。
寺の境内は広く、ここでブーカブーカ♪ズンチャカズンチャカ♪音を鳴らしたり行進したりしていたようです。音が外れたりもしただろうし、読経の合間に迷惑ではなかったのだろうか。
日本人は生真面目なので習得は早かったと思う。薩摩軍楽隊は同年9月に山手公園野外音楽堂で初の演奏会を開催。この音楽堂やその下の海岸通りで週1~2回の行進演奏や演奏会が行われる。行進演奏、いわゆるマーチングのようなものにも発展した。この薩摩マーチング隊のようなものが後年、日本海軍軍楽隊へと発展する。

では、君が代はこの寺で作曲されたのだろうか。
国家の必要性を軍部に説いたのもフェントン氏のようです。坂の上の雲でも登場する大山巌元帥はフェントン氏に国家君が代の作曲を依頼。その曲が完成すると、彼ら薩摩藩伝習生が演奏したが、コラール調で歌い難かったらしく明治9年には廃止され、その後、いろいろあって現在の君が代が生まれた。
作曲は机の上だろうけど、リハはここで行われたと思う。

フェントン氏は、この地、横浜で亡くなった妻、アニー・マリアを横浜外人墓地に残すに忍びずしばらく留まり、日本海軍軍楽隊を指導した。明治10年(1877年)に帰国した。
君が代発祥の地.jpg吹奏楽発祥の地.jpg
ガキどもが俺に訊いて来た寺、妙香寺とはそういう寺。境内には碑が建っています。君が代と、日本のブラスバンドの原点がここ。
ガキどもめ。どんなもんだい。
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とっとと別れろ。 [人間ドラマ]

携帯が鳴った。
昨日、急に欠勤したSという事務員からだった。
Sは新卒で入社してもう8年で今年29歳。既婚です。
か細い声で泣いている。
「あの、昨日はすみませんでした・・・」
昨日のSの欠勤は、私が別支店の社員を無理くり抜いて手配、穴埋めした。
「原因はなんだ?」
「・・・」
「言えっ」
「言い難いんですけど・・・」
大方、察しはついている。蚊の鳴くような声でこう言った。
「彼(主人)の不倫と、DVです。。。」
そんなこったろうと思った。よくありがちな話である。
「そんな野郎とはとっとと別れろっ!!」
「・・・ハイ・・・泣・・・昨日も皆さんにご迷惑おかけしちゃって。これからもしばらくは皆さんにご迷惑かけるかも・・・」
仕事に影響が出るのは困るな。
「では迷惑をかけないようにするにはどうすればいい?」
「・・・」
「とっとと別れちまえっ!!」
「・・・その方向でってなってたんですけど・・・昨日・・・まだ見込みがあるかなって・・・」
「バカヤロウっ!!いっとき持ち直したって男の性格や人間性なんか変わらんぞっ」
「ハイ・・・」
「別れろっ!!」
「・・・ハイ・・・話し合ってみます・・・」
話し合いぃ?
そういう次元かよ。そういう次元はもう過ぎてんじゃないのか?

Sは美人顔で若い。
アタマもいい。
仕事も速い。操作が速い。早いではなく速いんです。
だがオッチョコチョイなところがあって、まだやっちゃいけないタイミングで自分一人でサッササッサとやってしまいがちで、「オイちょっと待てよ」って制止する間もなくもう何かを勝手にやらかしてしまい、間違った操作、間違った画面になってたりする。
西暦と昭和平成の換算が即座にできるくらいアタマの回転が速い子なんだが、いつだったかジャン妻への提出帳票を何処の支店よりも早く、得意満面一番に「〇〇さんできましたっ。今、FAX送信しますねっ」って送って来たら全部白紙だった。
表裏間違えて送ったのである。
苦笑いしたジャン妻が支店に電話したら、「Sさんはもう帰りました」
「じゃぁ明日でいいから」
「明日からSさん、有休なんですよ~」
「・・・[むかっ(怒り)]・・・」
ジャン妻は怒った。「あのオッチョコチョイめっ!!」結局、有休明けに送られてきた帳票は全店で一番最後になったという。全店分の売上集計が遅れてしまった。
全問回答100点満点なのに解答欄が1個ズレていて全部0点みたいな子なんです。ホームランか三振かしかない子で、ホームラン打ってもベース一つ踏み忘れてオジャンみたいなポカをよくするんだな。

Sの店長から電話がかかってきた。
店長はY君といって3人いる若手リーダーの一人。女性です。
「Sから泣きながら電話かかってきたぞ」
「うん。昨日も休んだし。今日はまぁまぁのテンションだけど、その日によってガクーッって落ちて仕事になんない時があるんですよ」
「別れろって3回くらい言っちまったぜ」
「ああ、言っちゃったのね。。。でも今日だって顔に痣あるし、この間は蹴られて背中が痛いって言ってたし」
「とっとと別れさせろっ!!」
「そうして欲しいんだけど」
「アイツはまだ若い。美人だしこれからやり直せるだろうがよ」
「そこんトコ言った?」
「言ってない」
「あっそう言ってないのね」(そういうことを言って欲しかったんだけどねみたいな感じだった)
脳裏にDV離婚して親権を勝ち取り、先ごろ再婚入籍したYokoが脳裏に浮かんだ。彼女は相当モメて大変だったんです。
「誰とは言わないけど前向きに離婚すりゃぁいい。若いうちの離婚はこれからの発展を秘めているのさ」
「そりゃそうだけどさ。決めるのは本人だしぃ」
「今の男といっとき改善したって男の性格なんて変わんないんぞ。ガキがいたら(Yokoみたいに)かえって面倒だぜ。あっ、そのガキ云々も言ってない。言っといてくれ」
「ア、アタシが言うの?」[たらーっ(汗)]
「だっていっとき改善されて、その時の勢いでデキちまったらどーする。でもそういうのって俺の口からは言えないよ。それは女性が言わないと。アナタが言いなさい」
Y君相手に持論を熱く展開する俺。
「とっととケリつけて欲しいよね」私にそう言っても、本人にそこまで言えないY君だが、まっこと失礼極まりないことにY君は未婚なんです。新卒で入って来て10数年いてまだ未婚。その気があるのかないのかわからないが、未婚の女性、しかも適齢期を過ぎつつある女性に「別れさせろ」ってヒドいと後で思った。

ちょっと別件で、そのY君S君の支店に行かなきゃならなくなった。Y君に電話したら、
「その方向(離婚)で決まったみたいだよ」
「まだ続いてたのかアイツ。でもそりゃメデてぇ。カッカッカッ。[わーい(嬉しい顔)]
「お店に来てもメデタイとか本人に言わないでね」
「い、いくら俺がバカでも本人にそこまで言わないよっ」[あせあせ(飛び散る汗)]
離婚は今度こそ決定的らしいです。
「いまメンタル落ちてるから、あまり明日ちゃちゃ言わないでね」
言いません。だが行ってみたらまた目の下に青痣できてたのを見て俺はアタマに血が昇った。
「俺がその場に立ち会ったろか。俺ん家で保護したろか・・・」[パンチ]
「いやいや立ち会うってどういう立場でさ」
私はS君の離婚が決まった話は、いつか転勤先で風の便りに聞くことになるだろう。
その時に言う台詞は用意してある。「別れたかそりゃメデてぇ。いつかもっといいオトコが現れて心が動くこともあるさ」って。
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ある朝の丸大ホール [居酒屋]

川崎のこの店で朝飯を喰っていた。
店内はいつもの顔ぶれ。お父さんと呼ばれる常連客を筆頭に、数名の老人たちばかりだった。
私は飲んではいません。
ある日の丸大ホール.jpg朝から天丼.jpg
この店には入口上にTVがあって、殆どの客はそれを見ながら飲んでる。普段はくだらないワイドショー関連が多いんだけど、この日は第84回春のセンバツ高校野球、入場式~開幕の模様が放映されていた。
私は高校野球なんて見ない。っていうか、見る時間帯に家にいない。こんな早い時間帯にこの場所で喰いながら時折チラッチラッと見てた。
そしたら被災地、石巻工主将、阿部翔人選手の選手宣誓の場面になった。
選手宣誓2.jpg選手宣誓3.jpg選手宣誓文.jpg「宣誓。東日本大震災から1年、日本は復興の真っ最中です。被災された方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、今も当時のことや亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくて辛いことです。しかし、日本が一つになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。。。」

店内、皆、皆、杯や箸を持った手を休めて画面に見入っている。
お店のオバちゃんたちも、厨房の人たちもじーっと見ている。

「。。。だからこそ、日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔。見せましょう日本の底力、絆を。我々、高校球児ができること、それは、全力で戦い抜き、最後まで諦めないことです。今、野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。」
この宣誓の後、店内で赤い顔をした老人、酔客たちから大きな拍手が湧き起こった。
「いいねぇ」
「すばらしいねぇ」
しわがれた老人たちの声。酒が、酔いが言わせたとは思わない。昼からの酔っ払い族たちはもうそうそう身体がいう事を効かなくなってきたいい年齢のリタイヤ族、お年寄りばかりだったが、彼らも若くて熱い時代があった筈。生き抜いてきた高度成長期を思い出し、被災地の今後の復興への願いと重なったのかも知れない。
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辰屋 辰醤油カレー風味 [ラーメン]

世田谷区役所を出て、松蔭神社前駅に向かう。
「辰屋」が見えて来る。
辰屋に向かう1.jpg辰屋に向かう2.jpg
今日も「辰屋」は激混みである。13時過ぎ。
飄々とした主人の声が飛ぶ。
「いらっしゃ~い、壁側の椅子にかけてお待ちいただけますか~」
「(注文)決まったら言ってね~」
「壁側に適当に荷物を置いてね~」
くたびれた内装の壁側に、客の荷物が雑然と置いてある。私は黙って座ってたら声がかかった。
「いいよ~」
「カレー」
「カレーね~」
辰醤油カレー風味のことです。
辰屋です.jpgくたびれたお品書.jpg
前の記事はこれ。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-02-26

この店は二郎ばりの野菜盛だが二郎系とは違うと思う。
麺はブッ太い三河屋製麺。茹でるのに若干の時間を要すのと、何しろ野菜ドカ盛りで麺が見えないのと、野菜を掘って麺を引きずり出さなきゃなんないのと、野菜の上の削り節を吹き飛ばさないようにするのと、野菜を雪崩みたいに崩さないよう気を遣うので食うのに結構、時間がかかる。
先を急いでいる人には向かない。私はこの日、ここで昼を喰ったらYokoたちの支店へ入るのに若干、遅刻した。

客は切れない。
L字型10人のカウンター席のみだが、満席で壁側に3人待機、それでもまた3人一度に入ってきたりする。キャパが狭いので立ち見ならぬ立って待つ人もいる。
その間、立っている人にも注文が飛ぶ。
「辰醤油、普通で」
「辰醤油、小」
「辰醤油、にんにくなし」
店主はメモメモ。
席が空いてに座ったらまた声がかかる。「ええっと、小だよね」、「カレーは大きさ普通で大丈夫だね~」って確認して調理スタート。
厨房内には、デカいキャベツ袋ともやし袋が山積み。店主が尖がった包丁で、剣豪ばりにスパッとブッた斬る光景も見られる。
激混み1.jpg激混み3.jpg
男の背中1.jpg男の背中2.jpg
辰醤油のカレー風味です。小さじちょっとくらいのカレーが入る。
辰醤油カレー風味.jpg横から見る.jpg
麺が見えねぇ。
野菜を喰いながら除けて、麺を引きずり出す。
スープはうつすらとカレー色。麺が太いのでカレーうどんみたいな感じだった。
麺を引きずり出す1.jpg麺を引きずり出す2.jpg
チャーシューが出てきた1.jpgチャーシューが出てきた2.jpg
数人連れで来店された場合、情況にもよるが、一応、何名様?っていう気配りがあるが、殆どの客は「バラバラでいいよ」って言う。
店主も、その時すでに食ってる客も、自分が喰い終わったら次の複数連れの客は座れるのかな?っていう気遣い、気配りが感じられるのです。
お会計もそう。隣が財布を出したらこちらも同時に出す。タイミングを合わせてバラバラに会計しない。
「席何回も動かしちゃってごめんね~」って言われた客がいたから、最初に空いて座った席から、数名様が来て譲ったんでしょうな。狭いし片寄せあいながらある程度の気配りが店内に満ちている。
これは世田谷人情だろうか。規律かもしれない。
店の内装がボロッボロなので、下町ムード(下町って感じじゃないけどね世田谷は)が引き立って見える。
窓の外を世田電がゴトゴト走る。
カレーうどん?.jpg終盤はこんな感じ.jpg
「食器だけ上げていただけますか~」
ティッシュか台布巾でカウンターを拭く。それがお決まり。でも吹き飛んだ鰹節がカウンターに残っちゃったりするのは仕方がないかも。
ま~だひっきりなしに客が入って来る。しまいに店主の明るい「いらっしゃ~い」と言った声がやや疲れ気味にかすれて来たぞ。
「い、息切れしてきた。。。(笑)」[たらーっ(汗)]
そしたら女性二人が店外で、入ろうか、どうしようかって感じで店内をコワゴワ見てる。
やや疲れて来た感の店主の声に俄然、ハリが戻った。
「いらっしゃ~い、どうぞ中へ~」
女性はご婦人と娘さん?教師と教え子さんっていう感じで、如何にも世田谷区にお住まい~といった感の出で立ちであった。
「しょうゆ」
「しょうゆでいいの。辰醤油は?」
「辰醤油って?」
「殆どのお客さんが注文するもの」
「じゃぁ辰醤油」
「にんにくは?」
若い女性は目を輝かせて「要ります」
年長の女性は「要らない」って言ったんだけど、「にんにくあった方が美味しいよ~」に押されてにんにく入りになった。
問題は量である。
「小が普通、中が多いくらい」
「じゃぁ、小」
「小二つね~」
さて、小とはいえ、この世田谷ガールズお二人は、辰醤油にんにく入りを完食できたかな~。クックックッ(笑)
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旅の序章。。。 [呟き、独り言]

湘南新宿ライン.jpg湘南新宿ラインは嫌い。
マトモなダイヤで動いていたタメシがない。長大路線なだけにどっかこっかで信号機故障、車両点検、架線に物が付着、人身事故、線路に人が立ち入ったなんてのが日常茶飯事。
これはJR湘南新宿ラインに留まらず、近年増えた神奈川、東京、埼玉を結ぶ長大路線、大手私鉄でもそう。東急田園都市線~メトロ半蔵門線~東武伊勢崎線、東急東横線~メトロ日比谷線~東武伊勢崎線、京成線~都営浅草線~京急、東急目黒線~メトロ南北線~埼玉高速鉄道といった大手私鉄各社と地下鉄を結ぶ直通路線は、長いだけに何かしらそういうのが多いです。

路線はこんな感じ.jpgそれでも湘南新宿ラインは宇都宮線、高崎線とも遅延、事故が突出して多いと思う。宇都宮線や高崎線が東海道線や横須賀線と直通したはいいが、その4線は途中、追い越し施設もなく、一つの線路を複数で共用している箇所が多く、山手貨物線が埼京線と共用しているので、埼京線や川越線、りんかい線も絡んで来る。あっちこっちで発生した遅延程度でも他路線へ波及してしまう。
遅延時には全区間運休がザラ。
途中で運転を打ち切って折り返し運転や、品川駅へ乗り入れたり、途中駅で臨時停車もザラ。
停車駅.jpg

朝のラッシュ時、戸塚駅~西大井駅間では同じ線路を走行する横須賀線との運転間隔がヤケに短いのも嫌い。
戸塚駅を横須賀線が出たと思ったら、すぐ3分か5分後に湘南新宿ラインの快速がやってきたりする。その快速の前には横須賀線の普通がつかえているのでノロいったらありゃしない。
何処が快速かと思う。

西大井駅の先のポイントで右に逸れて埼京線、山手貨物線に入るのだが、そのポイントは横須賀線下りの線路を平面クロスして右に逸れて行くので、横須賀線下り電車とぶつからないよう譲ったり譲られたりしている。どういう力関係になっているのかわからないが、どうも事が起きると、池袋方面の湘南新宿ラインより、東京方面の横須賀線が優先されている感がある。

俺らが4月の転勤先には部屋を用意されるが、地元横浜からこの湘南新宿ラインで“通勤”することも可能は可能なんです。
現地で部屋を押えに行くことになりました。東京駅で新幹線に乗り換える目論見だったところ、地元某駅で湘南新宿ラインがもうすぐ来るタイミング。
「まさかこれで行くの?」(ジャン妻)
これは何かのお導きであろう。グリーン車に乗車。
昼過ぎだったので、この弁当を遣った。
車内ガラガラになった.jpg欠かせない弁当1.jpg
欠かせない弁当2.jpg欠かせない弁当3.jpg
途中、何事もなく走るだろうかという懸念はあったが、この時は現地の何かが歓迎の意を表してくれたか、そういう僥倖だったのか、無事に定刻に着いた。

その間、私の上役〇部長から2週間ぶりに連絡が来ている。
何だよ今頃って思った。というのは転勤辞令を受けた席にジャン妻の上司は2名同席したが、私の上役、〇部長は同席しなかったのです。
それと、あっさり俺を手離したのが今日までず~っと不審、不信の種になっていた。この日まで2週間、会ってもいないし口も利いていなかったのだ。
この件についてもう記事ができているのですが、検閲したジャン妻が「リアルタイムでナマナマし過ぎる。4月、向こうに行ってからにしたら?」と言うので、4月、現地に赴任してからUpします。
湘南新宿ライン無事到着.jpgその駅.jpg
ケツが痛くなった。
何しろ長く、寝ても起きてもまだ着いていない。
途中から聞いた事のない駅名ばっかりになったのと、気がついたらグリーン車内は殆ど誰もいなかった。
後半は、「ドアはボタンを押して開けてください」なんて状態になっちまったし。田舎町め。

降りた地は寒い。。。
風が強い。。。
東京とで温度差がかなりありそう。アタマが寒かったですね。

決めた部屋の近くに「???」ってなモノを発見した。
「この卿はここで亡くなったのか。。。」っていうモノ。
現地の不動産屋も回顧だにしなかったそれは果たして何か。。。

この日の夜に飲んだ店でボトルキープ!!
「4月からこっちに転勤して来っからよ~」って言い置いて出ました。
ボトルキープ.jpgおや?.jpg←この店じゃありませんよ。
でも何故かこの店の看板を見て、心強くなったのは何故だ?

旅は始まっています。
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